「会社の朝礼で、おすすめの本を紹介してほしい」と言われた。パッと何人かの作家名が浮かんだが、紹介するとなると難しい、と頭の中の作家を消した。
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昔から、本を読むのが好きだった。小学生の時は図書館で毎日本を借りて、登校中も、下校中も読みながら歩いていた。
「あなたは平成の二宮金次郎ね」
と、担任にやんわりと言われた。多分「危ないからやめなさい」という意味だったのだろうが、私は、
「えへへ、そうですね」
と笑って返していた。
漫画を禁止された家に育ったので、児童館で読む学習まんがも好きだった。家で読めない分、児童館では狂ったように漫画の伝記を読んでいた。
本の世界は、私の知らないものをいつでも見せてくれる。例えば一人と一匹の初めての冒険だったり、ツリーハウスに登って異世界に行ったり、中学生二人で世界を変えようとしたり。友達が少ない私にとって、本は親友だった。
中学時代ハマっていたのは星新一だった。確か、初めて読んだのは「ボッコちゃん」だったはずだ。ショート・ショートと呼ばれる短編たちはどれも読みやすく、また、初めてのSFの世界は、ちょっとゾクッとした。
その中でも「車や壁に映像のシートが貼られており、常に音が鳴り映像を変える世界」という設定のショート・ショートが好きだったのだが、大人になった私は、そのタイトルを忘れていた。
そうだ、その話を読み返したい。
そしてその話を、朝礼でしようじゃないか。
うん、名案だ。我ながら天才かと思った。読みたい本を読み返せて、朝礼のネタにもできる。まさに一石二鳥である。
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そして土曜日、私は県で一番大きな図書館に行き、自分の記憶を頼りに、そのショート・ショートを探した。
たしか文庫本で読んだはずで、ああそう、こんな感じの表紙……ああ、似たような表紙の本が山ほどあるじゃないか。……まあいいか、たくさん読めて楽しい。
探すこと一時間。私はその話のタイトルをついに見つけた。
その名は、「テレビシート加工」。
テレビが極薄になり、テレビシートとして安価で提供できるようになった時代。壁、床、車、商品のパッケージまで全てにテレビシートが貼られており、人々は情報に囲まれた世界に生きている。という話だ。
中学生だった私は、その話を読んで心からゾッとした。喧しい情報に囲まれる世界などまっぴらごめんだ、と。
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しかし、それから十年ほど経った今現在。私は「テレビシート加工」の世界に生きている、といっても過言ではない。人々は、いや私も、常にスマートフォンで新しい情報を眺めているし、電車やタクシーの中だって、CMを流している。スーパーに行けば商品のCMがモニター越しに商品の特徴を伝えてくるし、どこもかしこも目まぐるしく情報に溢れている。
今の私は、「テレビシート加工」を読み返しても、ゾッとしなかった。そしてこう思ったのだ。
「情報に溢れる社会で、人々に自分の商品を選ばせるには、どう差別化を図ればいいのか」と。
そして、その考えに至った私自身に、ゾッとした。
私はもう、「そちら側」の人間になっているのだ。
本を読み終わり、まるで旧友に会ったかのような気分になり、自分の考えに少し引き、よし、これを話そう!と本を閉じた。
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翌週のことである。
「あー、佐藤の朝礼、九月じゃん。防災の話をしてよ」
「えっ」
面食らったが、まあ、許してあげることにした。
久しぶりに、出会えたから。