ふた昔前のこと。水田が広がる田舎に、大きな離宮がありました。
離宮は赤レンガでできていて、屋根はドームのように丸くなってます。壁にはたくさんの大きな窓が付いていて、どの窓も、灰色の厚いカーテンで覆われていました。
敷地の歩道は白い石畳で敷き詰められていて、太陽の光で輝いています。歩道の両脇の地面は全て芝生に覆われ、松の木がまばらに植えられていました。

そこには王様とお姫様が住んでいました。しかし、二人の姿を見かける人は滅多にいません。ほとんど離宮に閉じこもっているのです。召使の影も見当たりません。足音すら聞こえず、まるでだれも住んでいないかのように、いつもいつも、ひっそりとしています。

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そんな離宮に、私は母に手を引かれてよく遊びに行ったものです。離宮の敷地内には、なぜか一般人も入ることができたのでした。
私はそこで、芝生の上を歩いたり、松の木に触ったりして遊んでいました。
何度行っても、王様とお姫様の姿は見えません。私たちの遊ぶ声が響くだけです。
ですが時々、一階の大きな窓から、かすかに音楽が聞こえてくることがありました。『シンデレラ』のお話のように、今日はいろいろな人がやってきて、ダンスパーティをしているのだろうな。幼いながら、私はそう思ったことを記憶しています。

……なんてことはない、ただの公共施設の話である。
その正体は、高齢者が集い、ゲートボールやダンス、芸術など、楽しくクラブ活動をするための施設だ。
三階建てで、たくさんのクラブが活動できるように、部屋数もまた多かった。一階には銭湯を備え、無料で入れる。まさに高齢者たちの憩いの場なのであった。
確かに外見はおしゃれであった。レンガではないが赤茶けた色をした外壁に、かまぼこ型の屋根を持ち、大きな窓をいくつも備えた外観は、近辺にあった学校や給食センター、工場といった、どの大きな施設よりもおしゃれであった。
まるで絵本に出てくるお城みたい。そのような第一印象を抱いた記憶が、おぼろげながらある。幼稚園生の時か、それよりも前の事か、とにかく母と手をつないで散歩に行ける程度の年齢の頃、近所にあったこの公共施設を「王様とお姫様の住んでいる離宮」だと思い込んだのである。

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時を経て、お盆。久しぶりにその施設を見かける機会に恵まれた。
あの頃に感じた荘厳さは見る影もない。建物は記憶よりもずっと小さく感じられた。レンガ色の壁も色あせ、窓のカーテンの色は重苦しい雰囲気だ。
相変わらず人通りはない。音楽も聞こえなかった。後で母に聞いたところ、あの音楽はダンスクラブかカラオケクラブが練習していた音だったそうだ。おそらくこの時はクラブ活動をする時間帯ではなかったのだろう。
極めつけは、バス停や駐輪場。施設の目の前に広々とそれらが映るのに、どうして幼い頃の私は綺麗にスルーできたのだろうか。
幼き日の妄想力に脱帽すると同時に、しんみりした気持ちが、水玉のように胸に広がった。
大人になるということは、幼き日の景色を失う事なのではないか、と。