私が泣かなかった理由。何も知らない他人に言われたくなかったから。

私には自分自身の感情というものがあまりわからない。
私には私だけに触れられる世界がある。目を閉じるだけで広がる向こうの世界では、自分の感情があらわせるし、意思も言える。楽しいことも、辛いことも、なんだって言えるのに、こちらの世界ではなかなか言えない。

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わからないのだ。普通というものが。
だって私には向こうの世界も住民も日常で普通。誰しも持っていると思っていた。この世界の住民であり、他の世界の住民であるのが、一般的だって。
けれどそれが普通じゃないと、いじめられだした。
最初は訳が分からなかった。数年して、おかしいのは自分だと知った。誰もが別の世界を持っているわけじゃない。それはあくまで夢で、現実としないことを。

私には理解できなかった。彼らがなければ私には何もない。彼らが関わるから心が動く。けれどそれじゃ生きていけない。彼らのことを言って否定されるのも嫌だ。次第に私は人の顔色を見て過ごすようになった。

自分の意見は言わない。その人の思う自分でいること。嘘をつき続けた私は、次第に自分の本当の感情も失った。何を言われてもどうでもいい。私は普通じゃないから、仕方ないんだ。ただ彼らと世界さえ守れればそれでいいと。

いつの間にか自分は化け物なんじゃないかと思いだした。ここにいるのが間違いなんだ。けれどその不安も仮面の裏に隠した。もっとも当時の私はそれが仮面だったなんて気づきもしなかったけど。
そんな時だ。この言葉を言われたのは。

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高校三年生のこと。文化祭で演劇をすることとなり、演劇部だった経験から脇役で出ることになった。演劇部では下手と言われ、できるだけ舞台に出さないでおこうとまで言われていた私だけど、ね。

何度も読んで、こういう感情なのだろうかと考えて、練習した。けれど演出監督に言われてしまったのだ。『演技っぽい』と。
彼は演劇部でも同じで部長をしていた。その彼に、個人的に言われるでもなく、大勢の前で堂々と。『ずっと思っていたけど、君は演技臭い』と。

『日常生活すべてが演技に見える。僕から見たら君の普段の言動、すべてが偽りで演技だ。君が本心で思って言動しているならそれらしくするべきだし、違うにしてももっと繕わないといけないんじゃないか?それじゃ誰にも信じてもらえるわけがない。気味が悪い』と。
場の空気は固まったが、機転を利かしたクラスメイトが今は関係ないから続きをと促し、その話は流れ、文化祭の話になった。

私はそれを呆然と聞いていた。何がわかるというのだ。彼に、私の何がわかる。素直に感情を言えば避けられ、嫌われ、まるで化け物のような扱いをするのは君たち、この世界の人間じゃないか。

私は、私の知っている彼らと、その世界を守るためにこの手段をとった。必死で普通の人に混ざろうとしているのに、成りきろうとしているのに、私では意味ないのか。所詮私は他の世界の住民で、この世界の住民になりえないのかと。

泣きたかった。けれど泣けやしない。そうすることで自分の本当に大切なものを守ろうとしたのは私だから。今は無理でもいつか隠せるようになるのだと。私だけは、彼らを否定してはならないのだ。

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私が泣かなかった理由。それは大切なものを守るため。たとえどんなに傷ついても、嫌われようとも、私だけは彼らの味方であるため。
結局私は壊れかけ、精神科にお世話になっている。そうすることでようやく別の世界を受け入れてくれる人を知った。

これを読んだあなたはどうだろう。もし世界を持っている人がいるなら堂々としてほしい。それはあなたの味方で、大切な存在になるはずだから。持っていない人でも考えてほしい。かけがえのない大切な世界を持っている者は意外と身近にいることを。