まさにこの場所で、エッセイを投稿して気づいたことがある。
それは、同じ思いや似た思いを抱えている人が多くいること。

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スポーツのもやもやをテーマにエッセイを書いたとき、私は、「プールの授業と生理」について綴った。それなりに思いつきやすいトピックだとは思ったが、自分なりに考えを綴る。強い嫌悪感を抱いた訳ではないが、疑問に思ったこと、もっと良くなると良いなと感じたことを書いた。そのエッセイは、採用されて公開してもらえることになった。

公開されたという通知を受け取り、送られてきたURLから自分のページへと飛ぶ。
このような感じで投稿されたんだ。タイトルや区切り、当てられた画像などを確認して、ページを閉じようと、×印に手を伸ばす。すると、同じテーマで、同じようなタイトルが付けられているエッセイが多数公開されていた。

気になるタイトルすべてのページを開いて文章を読んだ訳ではないが、タイトルを見る限り、同じような思いを抱えている人が想像よりも多くいることがわかった。
2つほど読んでみると、それぞれの方が感じられた疑問点や嘆き、苦しみや不公平だと感じたことがぶつけられていた。その他にも、タイトルだけで私よりも遥かに大きな嫌悪感や拒絶を綴っていそうだと伝わってくるほど強い思いをぶつけている方もいた。

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ほんの一瞬、ホーム画面に戻っただけだった。ページを閉じる前にふと写った画面に過ぎなかった。しかし、その一瞬で自分と同じように感じている人がいて、それよりも強い思いで訴えている人がいて、同じベクトルを持っている人がいるのだとわかったとき、感動に近い心の動きを自覚した。

どこか、仲間意識が芽生えたような気がしたのだ。目に飛び込んできたタイトルが一瞬にして繋がりを作ってくれたように感じた。
本名も、年齢も、住んでいる町も、育った境遇も違うのに、会ったことなんてあるはずがないのに、同じような経験や思いをしている人がこれだけ多くいることを知った。自分が発信したことは、自分だけのものではないのだ、そう強く思った瞬間だった。

エッセイを投稿してきて、このような感覚になったのは初めてだ。
これまでは、自分のマイナスだと思っていた経験が、プラスになるものだと知らせてくれるもの、という認識だった。薄情だと思ったこと、逃げ出したいと思ったこと、自分の限界を感じたこと、そんな思いを綴ってきた。
それが次第に、編集者さんのコメントやこのページに挙げられている多くのエッセイと出会うことで、自分の体験が、唯一無二で、特別で、自分はこの経験をしたからこそ今の自分の考えに至っているのだと感じることができた。

今回もその1つだと思っていた。自分の考えをありのままでぶつけることで、感じた疑問を普遍的なものであり、上がるべき声の1つだと自分自身が思えるエッセイだと思っていた。いわば、自分の意見に自信を持つための文章にすぎないと思っていたのだ。それが、こんなにも結束力のあるテーマに触れていたなんて思いもしなかった。
初めて、唯一無二ではない、でも、その他大勢に埋もれないテーマに出会ったのだ。

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この感動を味わったあと、ページを閉じてしばらく考えてみた。
「スポーツ・女性・疑問・もやもや」これらのキーワードだけで「水泳と生理」というテーマにたどり着き、同じような思いをこれだけ多くの人がしている。もちろん、私たちは女性だから、敏感になり、こんなに強く思いを抱えているのかもしれないが、これからも私たちの思いは声に出して伝えていくべきなのではないだろうか、と。

これぞまさに、シスターフッドを連想させるにふさわしい出来事なのではないだろうか。
また、この他にもシスターフッドを感じられる出来事やテーマはあるだろうか。きっとあるはずだと私は思う。
これを機に、どんな境遇の女性たちでも感じる壁や疑問を探したいと思った。
それが自分の中でどのように動いていくのか、知りたくなった。
そして、自分がどのような言葉で綴るのか、どれだけの思いの強さを感じ、ここに残していくのか、見届けようと思う。