入店1ヶ月で看板、業界一の売上額は未だ破られず。私を予約するための電話線は何度もパンクし、出勤すれば毎回完売する。
そんな伝説のキャストだったことは、私の数少ない成功体験であり、最大の秘密である。
大学時代、夜の職業をしていたことを、恥じたことはない。けれど大々的に自慢することでもないと思っているので、上記の自慢はしたことがない。源氏名の私はもう捨てた。夜の世界に戻る気もない。戻りたくない。
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きっかけは何となくだった。
何となくお金が欲しくて、稼げるバイトがこれだった。
どうせ容姿は悪くないし、あとはお客さんの望む「私」を演じればいい。
簡単だと思った。嫌になったらやめればよい。
そんな軽い気持ちで始めた仕事は楽だった。
この仕事にありがちな、過剰なサービスを求めてくるお客さんが付かなかったことが大きいと思う。運が良かった。
出勤すればたちまち予約で埋まり、お客さんがつかない焦りがなかったことも、病まないポイントだったのだろう。
来るお客さんのほとんどがお土産や差し入れをくれて、みんな口を揃えて私のことを「可愛い」「天使だ」と褒め讃える。
機嫌を取ってもらってお金まで貰えるなんて、なんて素晴らしい仕事だろうと思った。
そのときが人生の最盛期だったと思う。いちばん幸せだった。満たされていた。
なのにその仕事を辞めてしまったのは、好きな人ができかけたからである。
同棲していた知人が、この仕事を辞めてほしがった。
知人が望むなら、辞めていいと思った。知人との未来の方が欲しかったから。ちゃんと知人とお付き合いしたかった。道行く人から「お2人は付き合ってるんですか?」と聞かれたときに、胸を張って「はい」と答えたかった。
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結局その知人と付き合うことはなかったし、間もなく同棲も解消してしまったけれど、辞めたことに後悔はない。
もう若くはないし、あとは売上も落ちていくだけだと思うから。
それに、今とても大切な恋人と暮らしているから、多分もう他の人たちに、嘘でも「嬉しい好き!」「〇〇さんしかいないわ!」などと言えないと思う。言いたくもない。
収入が無くなって余裕がなくてつらいとき、たまに「また夜職に戻ろうかな」と思うときもある。でもすぐに、「戻りたくない、戻れない」と思い直す。あの世界にどっぷり浸かるには、私は大切なものを持ちすぎた。
退屈な飲みの席で、「ああ仕事だったら時給が発生するのにな」と思ってしまう時もある。
けれどあれは一時の夢として、記憶の箱の奥底に、源氏名とともに閉じ込めてしまいたい。
今ここに過去の思い出を書き留めて、私の伝説を完全に終わらせる。
ありがとう、源氏名の私。たくさんがんばったね。もうあなたを起こすことはないから、ゆっくり安らかに休んでね。ありがとう、お疲れ様。