大学生の時、祇園のピアノラウンジでホステスをしていた。
お店の営業時間は21時から1時までということに一応はなっていたけれど、実際は「お客さんが満足して帰るまで」が私達の業務時間だった。
2時や3時あがりは日常茶飯事で、休みの前日などはカラオケに行って朝までお客さんと過ごすことも多かった。
好奇心で踏み入れた夜の街。思いがけず働き続けることに
ホステスを始めた理由は、純粋に好奇心だった。
夜の街を歩いていて「やってみないか」と声をかけられることが何度かあり、本当に自分にも出来るのか試してみたいと思って派遣事務所に登録した。
初めて入店したお店が、それから卒業まで働くことになったラウンジだった。
初日、右も左も分からずにお店に入った私は、きっと華も愛嬌も無かったのだろう。
70歳の着物姿のママとその娘のチーママに、徹底的にダメ出しをされた。
不細工、可愛くない、暗い。そんなんじゃお客様を楽しませられない。たまに褒められることもあった自分の見た目をここまで真っ向から否定されたのは、初めてだった。
「もう辞めよう、帰りたい」と思いながらも、給与をもらっているのだからとその日は精一杯接客をした。
お店の側でももう私なんか使わないと思っていたら、派遣事務所を通して「また来るように」と呼ばれた。
不思議に思いながら行くと、ママが笑顔で「この間きてたお客さんがね、あなたは次いつ入るのかって聞くのよ」と教えてくれた。
さっそくそのお客さんが来て私を指名し、閉店の時間までお酒を飲んで帰っていった。私のためにと、高いウイスキーのボトルも入れてくれた。
それから私は、そのお店に固定で入るようになった。
仕事に慣れていくうちに、お店が自分にとって大切なものになった
ママやチーママは厳しかったが、先輩のお姉さんたちは優しく仕事を教えてくれた。
しばらく勤めていると、私に会いに通ってくれるお客さんも増えた。
常連のお客さんと一緒に初めて来店した方が、私を気に入って新しく常連になってくださることも何回かあった。するとママも次第に私のことを認めてくれ、可愛がってくれるようになった。
お店はママが何十年も前からやっている歴史あるラウンジで、社会的地位のある常連さんが多かった。一方で気軽に入りやすい雰囲気はなく、新しいお客さんがたくさん来て繁盛したりということはあまり無かった。
ママは、お店の存続と集客にいつも気を揉んでいた。
ママは女の子を厳しい目で選定していて、「心のこもった接客ができる子」であることを重視していた。
どんなに華やかでも、礼儀のなっていない子は一日でクビになった。
長く入っている子たちは、ママから認められているという感覚が強く、お店に対しての責任感も自然と持つようになる。
お店の経営状態を少しでもよくするために、お客さんを守り新しく呼び込み定着させたい。いつからか、私もそう思って働くようになっていた。
お店のことを考えるあまり、自分を大切にすることを忘れてしまった
お店への責任感と、自分に会いに通ってくれるお客さんへの感謝から、私は少しずつ無理をするようになった。
大学生だったので、授業や昼のバイトもあったし、彼氏もいた。
翌朝の早い時間に予定があっても無理をしてアフターに付き合ったり、集客につながる誕生日やクリスマスなどはプライベートの予定よりもお店に入ることを優先したりするようになっていった。
出勤前の同伴や、退勤前のアフターも増えた。アフターの流れで自宅やホテル、さらには自分の弁護士事務所などに誘ってくるお客さんもいた。
そういうときにお客さんの気分を損ねないようにうまくあしらう方法を、私は知らなかった。断ってお客さんが離れたら、と思うと勿体ないような気がしてしまい、「自分の身体なんて減るものでもないし」と言い聞かせて、お客さんと寝て夜を明かしたことが何度もある。
この世界では当たり前のことで、初めから覚悟しなければならなかったはずのことだと自分に言い聞かせていた。
それでも、どうしても生理的に受け付けられないお客さんができてしまった。その人が来店すると憂鬱になり、うまく笑顔が作れなくなった。
でもそのお客さんは、むかしチーママが失礼をしてお店に来なくなってしまっていたのを私が気に入られて引き戻した、お店にとっても大切な人だった。
別のお客さんを外まで見送りに出て、私とアフターに行くために待っているそのお客さんのもとに戻るとき、私は嫌悪感に耐えきれず泣き出してしまった。
他の女の子やチーママに囲まれ、私は全て話してしまった。
身体の関係を受け入れていることを知ったチーママは、「あかん、あかんよ」と言って泣きながら私を抱きしめた。
そのときにやっと私は、夜の仕事をしていても自分の身体は大切にしてもよくて、チーママや女の子たちもそれを当たり前にしているのだと分かった。
気づくのが少し遅かったけれど、自分を大切にしながら人に好かれるということはとてもすごいことで、夜の仕事の本当のプロはそういう人なのだと私は学んだ。
今は会社員をしているが、自分を大切にすることを教えてくれたこの経験は私の宝物だ。