私が縁もゆかりもない地、福岡に来てからもう3年になる。
3年前、私は迷っていた。
あろうことか、仕事の悩みと、恋愛の悩みという人生二大問題が同時にやってきたのである。

◎          ◎

新卒で入社した食品メーカー。大きな会社ではなかったが、50年以上続く老舗だった。
月のうち1週間だけは、新商品開発で忙しかったが、それ以外は毎日定時で帰ることができたし、
残業代は、30分おきについた。営業ノルマもなく、夜勤もなかった。
月1回土曜出勤があること以外は、条件的な不満はなにもない会社だった。
それでも、入社して半年間ずっと「ここは自分のいるところじゃない感」をどうしても感じてしまっていた。

「いつかやめる」と言いながら、実際に行動することはせず人生を諦めている人たち。
古い知識と学歴だけで、偉そうにそこにいるだけの部長と、彼にお茶を出すデキる女上司。
システム化すれば数分で終わりそうなものを、ひたすら手入力することに追われる日々。
どこにでもある「THE・昔ながらの日本の中小企業」なのだろう。珍しいことじゃないと思う。

◎          ◎

でも、私はそんなところで、と言っては言い方が悪いかもしれないが、そんな現状に留まり続けるどころか、衰退していくのを待っているような場所で、自分の人生が終わっていくのをゆっくりと待つ、なんてことはできないと思った。
できない、ではなく、想像できない、の方が正しかったかもしれない。
「自分はここには一生はいない」という、確信に近い予感があった。
天職だなんて思えなくていいから、そこにいる自分に違和感のない場所、そこにい続ける自分が想像できる場所にいきたかった。

かといって、この仕事、この会社、なんてピンポイントのあてがあるわけでもなく、休み時間のほとんどを求人情報を見ることに費やしていた。
そんな中出会ったのが、2社目の会社、そしてウェディングプランナーという仕事だった。
はじめて「ここかもしれない」と思えた会社だった。その求人の採用地は、名古屋か、福岡だった。

はたまた、恋愛の方はといえば、1歳年下で、翌年社会人になる彼氏が、第一志望であった地元の大企業に就職が決まったという。

◎          ◎

彼の地元は福岡で、少し前の3月からは地元に帰るらしい。
彼とは東京、飯田橋のアルバイト先で出会ったが、彼にとって東京にいたのは大学生時代のたった4年間。
九州の企業に就職することは、「やっともとの場所に戻れる」ような感覚だったのだろう。
私とは遠距離恋愛になってしまうことなんて、彼の中では少しの懸念点にもなっていなかった。

一方の私はというと、遠距離恋愛は絶対に無理なタイプだ。
これはもちろん人それぞれで、「そりゃあ嬉しくはないけど、好きなら会えないさみしさくらい我慢すればいいじゃん」と思う人もいると思う。
でも私は、「あまりにも会えない好きな人」と付き合うくらいなら、たくさん会える他の人を探したいと思ってしまうタイプなのだ。

特に私の好きになる男性は、たいがい頻繁には電話やLINEをしないタイプで、離れても関係は変わらず持続する、というイメージが持てないというのも、あるのかもしれない。
とにかく、彼の地元就職が決まった時点で、私の中の選択肢は、別れるか、着いていくか、の二択になった(自分でも極端だな、と感じる)。

◎          ◎

そんなふたつの(私にとっては)大問題が、同時に襲ってきたもんで、当時の私はいっぱいいっぱいだった。
たかが仕事、たかが恋愛、と考える人もいると思うが、私にとってはどちらも、「人生の問題」だった。

ある時は、そんなことを悩まないといけない自分の状況に腹が立ったり、またある時は、仕事も恋愛もどちらも望まない形になってしまったことを想像して、悲しくなって号泣したり、感情がジェットコースターのように変わる日々を過ごしている中で、ある番組に出会った。

地上波の番組ではないが、AbemaTVの『さよならプロポーズ』という番組だ。
数年間付き合っているものの、複雑な理由があり結婚に踏み切れないカップルが、7日間の海外旅行生活の中でお互いにじっくり話し合い、今すぐに結婚するか、別れるか、最終日に結論を出す、という内容のものだった。
具体的な内容や結末の記載は控えるが、その番組の中での、出演者のある言葉が、迷っていた私の心の霧を晴らしてくれた。

◎          ◎

「結局、どう生きるかってことなんだね、きっと。そういうシンプルなものだったのかもしれない」
結婚して彼の住む関西へ引っ越すのか、別れを選択して、やりたい仕事のある東京に残るのか、はたまた彼は望んでいない別居婚という形をとるのか、いろいろな選択肢の中で、こっちを選べばこうなってしまう、かといってこっちを選んでもこうなってしまう……と揺れ動いていた彼女が、何かに気づいたように発した言葉だった。

たしかにそうだ、と思った。
AかBか、どちらが正しいか。どちらがデメリットが少ないか。どちらが将来うまくいきそうか。どちらが後悔しないか。
人生はそんな、究極の選択みたいなことではなかった。
考えることが多すぎて、その選択が将来に与えるであろう影響が大きすぎて、いつしかマルバツ表を作るような思考になってしまっていた。

◎          ◎

でもきっと、人生はそんなふうに選んでいくものじゃない。
自分は、どんなふうに生きていきたいのか。なにを大切に生きていきたいのか。今、これだけは大切にしなきゃいけないと思うものはなんなのか。
なんの制約もなしに考えてみた時、私にとっての結論は、「大切な人と生きていくこと」と「その中で自分が心から楽しいと思えるものにプライドを持って打ち込めること」だった。

思えば、その番組の主題歌であった『ランナーズ愛』の歌詞にもそんなフレーズがあった。
自分はどんな風に生きていきたいのか、自分でわかっていること。そして、それのある人生を送るためにありったけの知恵を絞って、できる限りのことをすること。
それさえできていれば、それに従ってした選択が間違いやら、後悔になることはない。少なくとも、自分にとっては。
もし将来その想いが変わることがあっても、またそのときの自分にとっていちばん幸せだと思う選択をすればいいだけなのだ。

◎          ◎

あの日から約3年。
私は福岡で充実した日々を過ごしている。
転職した先の仕事は、想像以上に忙しく、想像以上に充実していた。
理由があり、2年数ヶ月ほどで辞めることになってしまったが、今でもそこで過ごした2年間は人生でかなり上位に入るほど充実していたと感じるし、自分も他人もなかなか肯定できなかった自分を、変えてくれた場所でもある。その会社に転職したことも、それをきっかけに福岡に移住したことも、1ミリも後悔していない。
ちなみに、付き合っていた彼氏とは、今も順調に関係を続けている。

3年前のあの日の勇気が、今の私を作っている。
あの日、きっかけをくれた番組と、出演者の方、ありがとう。
きっかけをちゃんと、「きっかけ」だと認識して決断してくれた自分、ありがとう。
家族も友だちもいなくてさみしくなる日もあるけれど、私は福岡という土地も、ここで送る人生も、とても気に入っています。