殺すか殺されるか、心中するかの恋だった。
お互い心から本気で、全身全霊で愛していた。
大学時代、婚約していた相手との恋。

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出会いはうららかな春、大学に入学した次の日のことだった。
新入生全員と引率の先輩と教授陣で行く新入生合宿で、私は元婚約者である先輩に見初められた。

夜ご飯の会場で、私の後ろ姿に恋をしたのだと言う。
曰く、「2次元のキャラが具現化したみたいなスタイルと、濡れ羽色のロングヘアから香る匂いに惹かれた」とのこと。
そして私を席に案内するとき、ほんの少し話したときの声が、決め手だったらしい。
「アニメみたいな声」と馬鹿にされることもある私の声が、本当に本当に好きだったと言ってくれた。

合宿の時はそれだけしか話さなかったけれど、その帰り道にバスを待っていた時、呼び止められた。私にとっては全然知らない先輩だったからびっくりしたけれど、少し話したら共通のゲームが好きだということがわかって、連絡先を交換した。
その日の夜は、ずっと先輩とやり取りをしていた。やり取りを通して、私はこの人のことを好きになるかもしれない、と思った。

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その次の日である。
朝、早く着いてしまったので大学のロビーのテーブルで本を読んでいた。テーブルの真ん中には水槽があって、鮮やかな熱帯魚たちがゆらゆらと泳いでいた。
短篇の小説を1話読み終え、水槽を見たときだった。水槽の向こう側から、先輩が歩いてくることに気が付いた。驚いて目をそらす前に、先輩が私を見つけて笑顔になった。嗚呼このひとはこんなにも美しく笑うのだな、と思った。

「おはよう、いおさん」と言いながら隣の席に掛けた先輩は、昨日と同じに見える服を着ていた。その不思議そうな私の目に気が付いたのか、先輩は笑いながらこう言った。
「はは、アニメのキャラクターみたいでしょ?いつもこのパーカーにジーンズなんだよね。コーディネート考えるのがめんどくさくて。あ、洗濯はしてるよ」
「なるほど、ジョブズ的なお考えでいらっしゃるのね」
こんな会話をなんとなくしていたら、欧米出身とみえる教授が通りかかった。
"Good Мorning!"
そこだけは聞き取れたけれど、続きが聞き取れなくて困っていたら、横から先輩が流暢な英国式の英語で答えていた。嗚呼、この人が好きかもしれない、と私は思った。

教授が去っていった後、「流石です……!」と感嘆した私に、先輩は照れたように笑って言った。
「これくらいすぐできるようになるよ。なんなら教えるから。今日の講義終わって用事ないならカフェで勉強する?」
笑顔で承諾しながら私は、とても胸が高鳴っていた。
講義の間、ずっとずっと先輩のことばかり考えていた。

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講義が全て終わったあと、先輩と待ち合わせてバスに乗った。混み合うバスの中で、人とぶつからないように壁になっていてくれた親切さに感激した。
カフェでも、先輩の前で注文することすら緊張して、いつもは噛まずに言える限定ドリンクの名前を何度も噛みながら注文した。
席に座ってお互い何を話そうかしどろもどろになっていたら、隣の席の老嬢に、
「まあ初々しいこと。ドラマのワンシーンみたいだわ」
と微笑まれて、面映ゆいのと恥ずかしいのですっかり真っ赤になってしまった。 

フラペチーノを一口飲んで、ようやく落ち着いたところで英語の勉強の話になった。効率の良い単語の覚え方、よく使うフレーズ、発音のコツ。とても分かりやすく教えてくれて、サピオロマンティックな私は、先輩の知性にすっかり惚れ惚れしてしまっていた。いつの間にか、テラス席は夕焼けに包まれていた。
そろそろ帰らなくては。そう思うととても寂しかったけれど、まさか帰りたくないなんて言える訳が無い。そう思っていたら、先輩の方から、
「ねえ、まだ帰らなくていいよね?カラオケ行こっか」
とお誘いがあった。密室である。逡巡は一瞬だった。それでも、先輩と一緒にいたい。ゆっくり頷いた私の手を取って、カフェを出た先輩は、繁華街の方へと歩き出した。

初めて来る繁華街を歩くのは、とてもドキドキした。なんだかちょっと悪いことをしている気分にもなったけれど、それでも先輩といられる喜びの方が勝っていた。
カラオケ店で案内された部屋に入って、先輩の座った対角線上にあたる位置の席に私は座った。そうしたら先輩はわざわざ私の横に移動してきて、曲を選んで歌い始めた。歌なんて頭に入ってこなくって、「この人はなぜこんなことを……???」とばかり考えていた。
「次はいおさん歌ってよ」
と言われても、頭が真っ白になって、ほとんどまともに歌うことが出来なかった。曲は先輩が好きだと言っていた歌手の歌にした。

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歌い終わり、ドリンクを飲んではあっと盛大にため息をついてしまった私に、先輩はとても悲しそうな顔で、
「嫌だった?」
と聞いてきた。
あまり意図が掴めないまま黙っていたら、
「僕はいおさんが好きなんだ。初めて見た時からずっと好きで、僕なんかじゃ釣り合わないかもしれないけど本当に好きなんだ」
と先輩は続けた。驚いた。
しばし固まりながらも、
「私も好きですよ、先輩」
と私は答えた。 

こんな可愛らしい青春のような恋の始まりから、私たちはどんどん堕ちていった。お互いがお互いを愛しすぎて、束縛をし合い、必要も無い嫉妬をし、泣いて泣いて疲弊した。
それでも相性は良かったし、仲が良いときは本当に幸せで、愛は麻薬のように私たちを蝕んだ。終わりにしなければ、と思いながらも、離れることが身を切られるようにつらかった。

決心ができたのは、先輩の理想の存在になれないと分かりきってしまったからである。
それでも別れを切り出すのはつらくって、何度もやめようかと考えたけれど、お互いの為に私たちは別れた。
お互いを辛くする関係は、愛と言わない。それがこの恋から学んだ教訓である。