「文化とは、言語です」
私の通った京都にある大学の“異文化理解”という講義中に、アメリカ人の教授が放った一言。私はその日の講義をきっと一生忘れない。
45年以上日本に暮らした彼は、誰よりも日本の文化に詳しかった
御年71歳になられるその教授は、1969年に日本の大学に留学した。当時、外国からの留学生は珍しく、欧米人を見たことがない人も大勢いたくらいだから、とても勇気のいる決断だったと思う。それでも彼は自国の文化とはかけ離れた日本という国を選んだ。
ミネソタ州の大学で宗教学を専攻し、日本文化、中でも仏教に強い興味を抱いたそうだ。
世界で最も人口の多いキリスト教の中では人間が自然界を支配しているのに対し、仏教では人間は自然の一部に過ぎず、自然と共存することころに惹かれたという。
彼は講義中、日本にきたばかりの頃の面白いエピソードをたくさん聞かせてくれた。
今の学生とは違い、ベトナム反戦、反体制運動が盛んで、学園紛争による大学封鎖も珍しいことではなかった。私は日本生まれ日本育ちだけれど、45年以上日本に暮らし、客観的・主観的に日本をみつめてきた彼は、私の知りうる誰よりも日本という国の文化について詳しかった。
日本語以外の言語を身に着けることで、私は積極的になれた
私も海外の文化や人に興味を持ち、英米文学を専攻していた。他国について知れば知るほど、日本の消極的で保守的な国民性にネガティブなイメージを抱くようになった。
イギリス留学中、誰もが積極的に発言し主体的に授業に取り組む中、日本からの留学生が自発的に発信しているところを見たことはない。そしてなにより、自分にもその消極性が根付いていることが嫌だった。
これじゃだめだ。どんどん流されて埋もれてしまう。自分の意思表示をしないということは、そこに存在していないのと同じことだ。危機感すら感じていた。
それからは些細なことでも、出来るだけ言葉にして伝えようと努力した。そして気付いたことは、日本語は自分の気持ちを相手にしっかり伝えるのにとても不向きだということ。言語にはそれぞれ特性というものがある。日本語以外の言語を身に着けることで、私はあの時よりも積極的になれたと思っている。
帰国後、どうしてもまた教授の講義が受けたくて、私は再び大学に戻った。彼の日本についての考察には相変わらず驚かされた。
日本はとても安全で、どの国に比べても治安が良く、公共の乗り物は時間通りぴったりに来る。これに関しては帰国して私自身、本当に関心した。電車の発着が1分遅れる事をアナウンスしてくれる国は日本しか知らない。イタリア・ナポリの地下鉄では何のアナウンスもなしに電車が2~30分遅れることなんて日常茶飯事だった(なんなら勝手に運休になって帰宅できないこともあった)。
日本人は確かに消極的かも知れないけれど、相手の気持ちを読み取り、何を求めているのか僅かなヒントから察する『受信力』に長けている。例えば電車の中で、映画館で、隣の席の人が咳払いをしたとする。「風邪かな」で大抵のコミュニケーションは終わる。
けれど日本人の多くは「もしかして服を踏んでるかな……」「さっき食べたハンバーガーが匂うかな……」といった具合に、相手の言動に何かメッセージが隠されていないか探そうとする。(特に京都の人は察するのが上手だと思う。)
この能力はこれからの国際社会に必要になってくるはずだ。
「まだ何かある」と探求心を持つのも大事なことと学んだ
講義を受け、私が留学中に抱いた日本文化に対する違和感の答え合わせが出来たようだった。
相手に伝わるように全てを分かりやすく言語化して吐くことではなく、受信する側が敏感に察してくみ取る。そこに日本文化の美学が隠されているのではないか。
なんと奥ゆかしく美しい文化なんだろう。そう思った。
そしてそれは、異文化を知らなければ発見できなかった。やっぱり異なるものに触れるのは大切だ。物事には必ず2つ以上の側面がある。どれも間違ってはいないけれど、ひとつの面から判断を急いではいけない。常に「まだ何かある」という探求心を持つことも大事なことだと教えてくれた。
その教授は、私が今までにとても影響を受けた人物のうちの一人で、人格者でありながらお茶目で可愛らしいところもある。特に、奥様との結婚を決めたときのエピソードはとても印象深い。
ウクライナの有名な民話の「てぶくろ」。寒い中、一人の老人が落とした手袋の中に次々と動物たちが入り暖を取る。もうぎゅうぎゅうになってしまった最後に、もし全身針だらけのハリネズミがやってきたらあなたはどうしますか?
これは実際に講義中に教授から問われた質問で、私は答えを出すことができなかった。私が受け入れることを許せても必ず反対者が出てくるし、自分にも針が刺さるかも知れない。
しかし、教授の奥様の返答は「全身にマシュマロ刺したらいいやん」だったそうだ。なんとも可愛らしくユニークで面白い発想!しかも誰かを排除するという考えは、はなから選択肢にないのだ。もちろん受け入れるという前提。クスっと笑えてエッジが効いているその答えを聞いて、教授は「この人を選んで良かった」と思ったそうだ。
この二人のエピソードは、思い出すたびに私の心をポカポカと温めてくれている。