私は不必要だと思うことはあまり口にしない性格である。雑談を全くしない訳ではなく、この人に伝えるべき内容ではない、と思うと世間話の中に織り交ぜることもしない。だから人に言っていないことは結構ある方だ。
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その中でも、おそらくこの先誰にも言えないと思うことが一つだけある。
それは「芸能事務所の所属オーディションに応募した」ということだ。
芸能活動をしたいという気持ちを笑われることが嫌だとか、結果が落選だったからというのが理由ではない。では何故誰にも言えないのか。それは応募理由が“推しと同じ事務所に所属したい”だったからだ。
私は常々「推しと結婚したい」と公言している夢女子というカテゴリの人間である。
ファンレターで告白をしたこともある。推しに自分が夢女子であることを知られるのも一向に構わない。
しかし結局、私はただの熱狂的なファンでしかない。この現実がもどかしくて、どうしたら本気で推しと結婚できるか、を考えていた時、偶然推しが所属している事務所のオーディションが開催されるという告知を目にしたのだ。
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成人式をとっくに終えた私が、今更未経験の演技やら歌やらを習得できるわけはないと思っていたし、受かるわけが無いというのも分かっていた。だから締切1週間前までは応募する気などさらさらなかった。
しかし、ふと気になって開いたホームページに記載された対象年齢の項目。「~25歳」の文字。これを目にした瞬間、私の覚悟が決まった。
年齢というただの数字ごときで、推しと同じ世界で生きれるチャンスが失われてしまうことが悔しくてたまらなかったのだ。
当時の私は25歳と数ヶ月。次にいつあるか分からないオーディションを待つ時間が私には残されていなかった。適齢期というものが結婚や出産以外にも存在することに気づいた瞬間だった。
その日のうちに録音ができそうなカラオケに行き、写真はとりあえず過去のフォルダから見繕った。必要事項は音声ファイル3つと画像2種類と簡単なプロフィールだけ。まるでお見合いだと思った。不純な動機だとは思ったが、私だって人生をかけていた。応募ボタンを押すことに躊躇いはなかった。
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結果は冒頭に書いた通り落選であったので、私はまた推しと結婚するための新たな方法を模索していくのであるが、オーディションに応募したことを後悔はしていない。だがどうしても人に言う気にはなれないのである。
それは多分、私のこの一世一代の決心を誰かに否定されることが怖いからだ。25にもなって推しのためにそんなことをしたなんて、と。たった数千文字で語れることを、他人は“そんなこと”という。私の勇気とか人生とか決意とか全てをかけたことが“そんなこと”という5文字に集約されて、否定されてしまうのが酷く恐ろしいのである。
だからもし、このことを誰かに話せる時が来るのであれば、それはきっと推しと結婚した私、という誰にも否定されない事実ができた時だけだろうと、私は思っている。