魅力でしか人は縛れない――、これは私がある恋愛から学んだことの一つ。大好きな彼の心に居続けたくて、色々試した上で気付いたことだ。
尽くすことで、彼の言動を最優先することで、なんとか彼の側にいようとしたが上手くいかなかった。そして最後に悟った。お金や時間や忠誠心ではない、何かが必要だったのだと。

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彼との出会いは大学3年生の冬。常に女の影を感じながらも、1番になりたいと思い続けた6年間だった。
記憶の中では、私以外にも彼が体を重ねている人がいることを、彼に咎めたことは一度もない。彼の家の洗面台に女もののヘアゴムが置かれていても気づかないふりをし、その日彼から「何か忘れ物してない?」と連絡がきても、「洗面台のヘアゴムは私のじゃないよ」と返信した。
全くの偶然に彼が綺麗な女性と食事をしている場に出くわして、彼が言い訳がましく「4年ぶりに会ったんだ」なんてしどろもどろと彼女を私に紹介しても、彼を無視してその女性に「素敵なワンピースですね」なんて微笑みかけた。

常にどこかで思っていたんだ。私は試されているんだって。それは彼への忠誠心かもしれないけれど、それ以上に「いかに自分が寛容で動じないでいられるか」を。ただの意味なんてないやり取りだったのに。

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彼からの「今何しているの」連絡は23時を回ってくることが多々あった。終電で駆けつけても、そこから更に1、2時間程待たされることもあった。
渋谷のスクランブル交差点をのぞむスタバで、酔って上機嫌な人たちの中に埋もれて閉店の26時直前まで居座っていた。シラフの頭で無表情に、青から赤に変わる信号をいつまでも眺めていた。
その時の癖からか、今でもスタバのカードには毎月10000円をチャージする。1ヶ月以内で足りなくなったら私は馬鹿なことをしている女の証明になる、だからこの金額以上にスタバに行くことがないようにしなきゃって。

お金や時間を膨大にかけてでも側にいたかった、これが私の本音だ。いくら初めて愛していると自覚させてくれた相手であってもやり過ぎ、これも私の本音。
ただただ不安だったのだと今ははっきり分かる。彼の周囲にいる女性に負けてしまう日が来るのではないかと思うと、どうしたら彼を私に縛っておけるのかと真剣に考えてしまった。それが結果として、自分の行動を制限して、感情を押し殺すことになっても良かった。もはや、そんな自分に酔っていた。
尽くす自分に。そんな自分が、いつしか愛していた彼以上に意味のある存在になっていった。

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2年前、私は遂に彼以上に自分を大切にしていることに気がついた。そしてそのまま彼との恋愛に終止符を打つことになった訳だが、あの時も彼の周りには女の影、否、より強い匂いすら感じられていた。
結局、私は彼を縛ることはできなかったのだ。むしろ、私のしていたことは、彼を縛るどころか離れさせてしまっていたのだ。

時は悪くもコロナパンデミック。何度も何度も彼との恋愛を思い返した。何が私の意図とは反して、彼の気持ちを縛っておけなかったのか。もはや、浮気は性格や考え方の問題だから、縛るということ自体が無謀だったのか。
そして辿り着いた。それは海を越えた国にいる彼からのランダムな連絡から見つけた。

さよならを告げた後の2年間、彼は私への連絡を絶やさなかった。昔のようにエロティックな内容ではなく、日常の出来事や何気ない写真、「結局何を言いたくて連絡してきたんだ」と疑問になる連絡ばかり。まるでメッセージの最後の一文に、見えない白い文字で「僕のこと忘れてないよね?」と書かれているような。皮肉にも、離れた今になって私は彼を縛っているのかもしれない。

それならば、その縛る要素はなんだろう。いつまでも側にいると思っていたのに消えてしまったことに対する焦り?私の中に彼がいなくなってしまわないように駆り立てる衝動?正体は分からないが、何かしらの魅力を私に感じているのだとは思う。それはお金でも忠誠心でもなく、無理に身につけようとしても身につけられない何か。

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最近のメッセージで「君は僕にとって言葉にできない程大切なんだ」と送られてきた。これに似た言葉を、彼に出会って間も無く聞いたことがある。彼が私を彼の友人に紹介した時だった。
「とても大切な子なんだ」
そう彼は私の紹介をした後にさらっと付け加えた。出会って直ぐ、彼は私を魅力的だと思っていたのに、私が空回りしていたのかもしれない。

私たちがまた恋人関係になる可能性は極めて低いだろう。それでもいつまでもお互いに魅力を感じ続けられる関係ではいたい。そして新たに恋をさせてくれる人には、小細工なしの等身大の私に魅力を感じてくれるよう、今日も自分のための人生を歩んでいきたい。