嫌われることを覚悟した。怒られることを覚悟した。信頼を失うことを覚悟した。
それでも私は伝えずにはいられなかった。たとえそれがいけない事だったとしても。

私が高校1年生の時のことだった。私は教員になるという夢に向かって勉強に励んでいた。
進学校だったので、ゴールデンウィークの宿題は100ページが当たり前。普段の宿題も、こなすだけで深夜になるレベルの多さだった。授業は7限や8限の日が多く、隔週で土曜授業もあった。
きつかった。毎日学校で勉強、家で宿題の繰り返しで嫌になる時もあった。
そんな時に事件は起きた。

◎          ◎

大量にだされた宿題をやってこない数人の男子生徒がヘラヘラと笑って、提出を催促されても出そうとするそぶりを見せなかった。
そんな提出物を出さずにヘラヘラとしている生徒たちに、担任の先生は言った。
「そんな遊んでばっかなお前らは、幼稚園の先生にでもなってわちゃわちゃ遊んどればええんや。それ以外いい就職先なんてないぞ」
「うへぇ、まじかよ。でも女ばっかでええかもー」
周りに笑い声が広がる。

は?何言ってんの?
咄嗟に言葉にはならなかったが、フツフツと怒りが湧き上がった。

私の母は、幼稚園教諭だった。母は毎日懸命に働いて、誠心誠意向き合って仕事に取り組んでいた。幼稚園ではもちろん、家でも1日の出来事を記録したり、作り物を持ち帰って深夜までやったり、おたよりを丁寧に書いたり、真剣だった。
そんな働く母の仕事を見て、幼稚園教諭の仕事は素晴らしい仕事だと思うようになった。それと同時に私も教員を目指すようになった。
それなのに……なんてこと言うんだ。おかしい。教員のくせに、幼稚園で学ぶことがどれだけ大事か、そこで築く人間関係がどれだけ大事か、何もわかってない。なんにもわかってない。
なんでそんな言い方するんだ。許せない。許せない。許せない!

◎          ◎

私は、翌日、母の仕事で使用していた日誌を勝手に持ち出した。悪いことだってわかっていた。でも、どうしても担任のあの発言が許せなかった。
無断で持ち出した分厚い日誌。母にバレたらどうしよう。怒られるに違いない。先生にあんなたった一言で呼び出して、生意気になって、嫌われるに違いない。今の私の行動は、母からの信頼を失い、担任に厄介者扱いされることにつながるかもしれない。こんな些細なことでって呆れられるかもしれない。でも、私の中では些細なことではなかった。

私は勇気を出し、狭い相談室に担任の先生を呼び出した。なんで呼び出されたかわかっていないようで、首をかしげる先生をよそに私は言った。
「先生、言わせてもらいますが、幼稚園教諭は簡単になれる仕事でもないし、安易な気持ちでやるべき仕事ではありません」
なんのことか理解できたのか、軽く頷き、
「あれは例えであって、大した意味は持たない」
「大した意味を持たない?幼稚園教諭を目指す人がいるかもしれない中で?おかしくないですか?あんな言い方。私の母は幼稚園教諭です。毎日こんなにびっしり日誌に1日の出来事や週の予定を書いて、試行錯誤仕事してるんです!」
私は勝手に持ち出した日誌を震えながら開いた。
「こんなの持ち出したらダメじゃ……」
と先生が言った時に、その言葉を遮るように言った。
「先生があんな言い方したからです!撤回してください!」
声が震え裏返った。もっと威厳を持って強く言いたかったのに、できなかった。でも先生は困ったように「それは私が悪かった」と言った。

◎          ◎

私の行動は、ただ周りに不快な思いをさせただけかもしれない。ただリスクを背負っただけでなんの成果にもならなかったかもしれない。でも私は勇気を振り絞って対抗した。
正しいと思ったこと、許せないと思ったことを訴えた。
それは、私にとって意味のあることだと思う。思っているだけでは伝わらない。
きちんと自分の思いを発信したことは、成果ではなかったとしても成長だったに違いない。