これは、私が自分の中にいる虎と折り合いをつけた話である。

3年前、私は彼氏いない歴25年目を更新していた。
付き合うことも、キスもセックスも経験したことがなかった(幼稚園や小学校低学年の時に、男の子と遊びの延長でチューをしたことはあった……)。
つまり色事にまったく無縁な、清らかな肉体(心は不純)でずっと生きてきたのだ。
「その年齢で、それはありえない!何か特別な理由でもあるの?」と思う人もいるだろうか。
それがなんと、無いのである。自分なりに普通に生きてきた結果がこれだった。
私からすれば、経験がある人の方へこそ「何をどうやったらそうなったの?!」と聞きたい。

◎          ◎

私側の理由をちゃんと考えてみると、高校の国語の教科書で読んだ『山月記』の主人公・李徴が思い浮かぶ。彼は自意識の葛藤に狂って虎になった男だ。そして、その心境をこう表した。
「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」
なんだこの私にぴったりな言葉は!
家族に愛され、成績も良い方で、まあまあ優秀な進学校に入学できるレベルはある、と内心は尊大な態度の自分。
その一方で、空気が読めず、流行りやオシャレに疎くオタクっぽい、周りから浮いてしまう恥ずかしい自分。

2人の自分が心の中でせめぎ合い、あらゆる行動をぎこちなくさせ、周りと馴染めなくさせた。おまけに大して自分は優秀なわけでもないと途中で気付き、恥を知るばかり。何をしていれば自分が自然に見えるのか、普通に見えるのかわからない。
つまり、こじらせていたのだった。
私の自意識も李徴に負けず劣らず、虎のように暴走していたのだ。

◎          ◎

月日は流れ、友人が数人できても私は虎のままだった。それに新卒で入った会社で心も病み、恋人をつくるどころではなくなっていた。
それでも、ずっと憧れていた。
大好きな人と、愛し合い、楽しく生きてみたい。死ぬまでには絶対に経験したい。
退職して数年経ち、少し元気になった私は「マッチングアプリで武者修行する!」と一念発起。
今までのマジメ堅物系オタクの私には考えられない選択肢だ。

武者修行といってもかわいいもので、男子と出かけたり話したりすることに慣れるのが目的。
私は男子にちょっと優しくされて仲良くなるだけで、ものすごく意識して平常心でいられなくなってしまう(私と同じ自意識過剰になりがちオクテ女子ならわかってくれるよね?)。
思い詰めると堪えられず、色々すっとばして告白してしまったりもした。曖昧な関係のまま少しずつ距離を詰めていくという方法を知らなかったのだ(毎回逃げられるわけです)。
とにかく男子とのデートに慣れる必要があった。

かくして、マシな写真をプロフィールになんとか貼っ付けて、修行が始まった。
タイプかどうかなど考えず、私に興味を持ってくれた人(かつ、まともそうな人)には片っ端から会っていった。
1人目はカフェ巡りが趣味の子。穏やかないい人で、緊張していた私は和んだ。
2人目はふくよかな男子で、表参道でデートをした。向こうの方が緊張していて、私は逆に落ち着けた。
他にも、起業したイケメンや、コンビニ本社勤務のアウトドア系男子、星野源が好きな音楽マニアくん、年上のマジメそうな人、話しかけても「はい」しか答えない無口くんなどなど、様々な人(時に変な人)に出会った。
マッチングアプリだと、お互い目的がハッキリした同じ土俵の中にいるので、段々私は開き直って、落ち着いて相手を見ることができるようになっていった。

◎          ◎

世の中には、こんなにも多様な人がいるんだ。
こんな生き方をしている人がいたのか。

開き直った虎は会う人々の多様な生き方にワクワクした。自意識を気にするよりも、「この人はどんな人だろう?」と相手に純粋な興味が湧くようになった。
そして、会う回数が増えることでどういう男子が自分は無理なのか、最低限のラインもわかってきた。
しかし、どの人とも付き合うまではいかない。そうこうしているうちに、身近にいる人を好きになった。が、相手にされずにあっさり終わる。

結局アプリで彼氏はできなかった。
でも、わかったことがある。
今まで、自分がどう思われるかと爪や牙を尖らせ、警戒ばかりしていたこと。他人の目が怖すぎて向き合えず、相手がどんな人か観察できていなかったこと。
私は自分しかいない世界で目をつぶり、恐怖で虎のように吠えているだけだった。

親密な関係になるために必要なのは、爪や牙でも咆哮でもない。怖さでつぶっていた目を開いて、「君はどんな人なの?」と好奇心で相手を見ることだけだったんだ。
マッチングアプリ武者修行のおかげで、私は少しずつ、勇気を出して吠えるのをやめ、目を見開き、相手を見ることができるようになった。

◎          ◎

だからきっと、私は愛し合える人を、落ち着いた眼差しでいつか見つけられるだろう。
そういう気持ちになれ、マッチングアプリをやめた(出会い疲れしていたのもありますが笑)。
あんなに彼氏ほしいと焦っていたのに、「還暦までに彼氏ができれば良いや」とまで思えていた。

人生とは不思議で、「還暦までに彼氏つくる」というのんびりした気持ちになった瞬間、友達から男子を紹介されたりする。
武者修行のおかげで、私は彼とゆっくり仲良くなれ、ちょっといい雰囲気になった時に「ちなみに私と付き合う気ある?」と聞いた。ドキドキしたけど、どこか落ち着いた気持ちだった。
こうして26歳目前に、人生初の彼氏が爆誕したのであった。

勇気を出すって、気持ちを振り絞って大きなことをやることだけではないのだと、私は知った。
小さいことを決意して、ちょこちょこできることから動いていくのも立派な勇気なんだ。

小さな勇気が積み重なって、少しは穏やかな虎になれてきた気がする、今日この頃です。