元彼の手取りは14万円だった。
軽井沢にある某ホテルの結婚式場でウェディングプランナーとして働いていた彼。
毎晩遅くまで残業していると聞いていたので、その額を聞いた時には正直驚いてしまった。
HPで見せてもらった、緑と天然光に包まれたチャペルでの一生に一度の幸せな日。
関東よりも高い物価、添い遂げるために必要になってくるもの。
それからだと思う、私が「強い女性」になろうとしたのは。
「私、出すよ」
男性が女性にちょっとしたものをおごるのは、人生で一回くらいは誰しも経験すると思う。
決してそれが当たり前と言いたいのではなく、男性の方が年収が高いからとか、その立ち回り方で相手の人間性を見るとか、人によって意見は様々だろう。
私も学生時代、初めて年上の彼氏に夕食をごちそうになった時は、相手がとても大人に見えたし、なんてスマートなのだろうと相手に対してさらに憧れを強めた。
しかし、私達の場合は逆だった。
◎ ◎
軽井沢から関東に出てくるのにはお金がかかる。
新幹線は切符代が高い、夜行バスは疲れる、彼が中古で買ったマーチではガソリン代と運転の負担がかかる。
遠距離恋愛をしている人特有、かつ共通の悩み。
どの方法を選んだとしても負担であることはわかっていたから、私は彼にご飯代を出してもらうことがほとんどなかった。
「交通費かけて会いに来てくれてるから」
「また会いに来てくれれば嬉しい」
そう言ってお財布を出す私は、彼からどう見えていたんだろう。
少なくとも私自身は大人の女性になれたような、強くなったような満足感で満たされていた。
今思えばここで甘えていれば良かったのかもしれない。
付き合い始めてしばらくたった頃、彼からAちゃんの話を聞いた。
レストランで働いている同い年の同期。
自動車免許は持っているものの、少し前に事故を起こしてから運転するのが怖い、買い出しは休みを合わせて彼の運転で行っているとのこと。
内心では全然納得いかなかった。
事故を起こしたのは気の毒に思う。
ただなぜわざわざ休みを合わせて「私の彼氏」に運転をお願いするのか。
そんなこと「彼女の私」はしてもらったことないのに……。
言いたいことはたくさんあったけど、同時に「困っている人を助ける彼」を誇りに思う自分もいた。
第一希望ではないホテルに就職し、第一希望ではない勤務地で支え合う彼ら。
もしここで不満を言ったら彼らの生活が成り立たなくなるのでは?と心配する気持ちもあった。
「何かの縁だし、みんなで頑張らないとだよね」
チクチクする違和感を抱えながら、私はそう答えるしかなかった。
それからというもの、彼の話に彼女が度々出るようになった。
◎ ◎
「……Aちゃんの実家に挨拶がてら観光するってこと?」
ついに我慢できないことが起きた。
2人で休みを合わせてAちゃんの地元に旅行に行きたい、その日はAちゃん家にお泊まりする、そんな話を彼氏からされてOKできる女ってどれくらいいる?
Aちゃんは友達だから、はるちゃんもAちゃんと友達になればわかる、自分には仲のいい同期がAちゃん以外にいない、Aちゃんを久しぶりにご両親に会わせてあげたい、Aちゃん、Aちゃん、Aちゃん……。
Aちゃんを思う彼の情熱と、その情熱を私に使ってほしいという冷ややかな気持ちが心の中でぶつかって、変に冷静な気持ちになった。
仲良くなればわかると言われ、彼女のSNSのアカウントを探す。
そこには彼が同期と行くと言っていた旅行の行先と同じ観光地、そして彼とのツーショットや彼の後ろ姿の写真がアップされていた。
私の方が可愛いじゃん。
私と付き合ってるんじゃん。
彼は友達だと思っていても、Aちゃんはどうかな。
でもここで彼女に喧嘩をふっかけるのは余裕がないみたいで負けた気がする。
結局私は彼とAちゃんの旅行を許してしまった。
◎ ◎
「もっと頼って欲しかった」
別れの言葉はそれだった。
彼の負担を減らそうと交際費を出していたのも、Aちゃんとの交友を認めたのも、弱みを見せられなかったのも、結局一人になったのも、全部私だった。
別れてからしばらくしても、彼やAちゃんのSNSをチェックする。
相変わらず休みの日には買い物に行き、旅行をし、バレンタインやホワイトデーにプレゼントを贈り合う二人。
画面越しに気付く、私ってこんなに弱かったんだということに。
それからしばらくして私にも新しい彼氏ができた。
「俺が出すよ」
当然のように、昼ご飯代を出そうとしてくれた彼。
本当に頼っていいの?
この人は私をおいて、女と旅行に行かない?
私を弱くしない?
私の不安をなくすように彼といる時は安心に満ちていた。
仕事で失敗した時は話を聞いてくれたし、その後鬱になった時は支えてくれた。
彼といる時は弱い自分でいても、無理をしなくても、幸せだった。
結局元彼とAちゃんは別れ、私はこの彼と結婚するのだが、これはまた別の話。