「あんたの彼氏、浮気してるよ。あんたの後輩の女の子と」と密告するように教えてくれた友達は、私の代わりに泣いていた。これまでの人生で浮気の「う」の字も考えたことのない私は、泣いている友達に向かって思わず「大丈夫?」と言った。
一番にやってきた感情は、悲しみでも怒りでもなく、泣いている友達に対しての心配だった。私はあまりに純粋で、浮気をされた当事者になるまで時間が掛かったのだ。

「誠実そうで浮気しなさそう」と思っていた彼に浮気された

その彼とは3年付き合っていて、結婚の話も出ている人だった。天邪鬼だし口も悪いし、良いところを数える方が難しいような男である。
それでも私が最後まで好きだった理由は、皮肉なことに「誠実そうで浮気しなさそうだから」だった。
沢山あったはずの好きは、時間が経つにつれて減っていって、最後の1つまで弾けて消えた。確かに好きだったはずなのに、今となっては何故付き合っていたのかも分からない。

私は弱かった。就職を機に見知らぬ土地に出てきて、友達と呼べる人も少ない中で、彼の存在は余りにも大きかったのだ。私を手放せない彼に甘んじていた。共依存だった。
そして、そんな彼と別れるのは、簡単なことではないことも分かっていた。3年の月日を経て、私は彼の恐るべき執着心も知っていたのだ。

分かり合っていると思っていたのに、彼は何も分かっていなかった

何がなんでも彼氏と別れよう。そう決めて1番に連絡したのは、会社の同期だった。彼女は情に厚く逞しく、緊急事態には誰よりも信頼出来る人だった。事情を聞いた同期は仕事をすぐに片付けて、私の家まで駆けつけてくれた。

「今から彼氏の荷物全部まとめよう。目に入るのも嫌でしょう。私が全部引き上げてあげる」
その時の彼女は、スーパースターだった。私が有無を言うまでもなく、彼女はツーショットの写真から歯ブラシまで、1つ残らず鞄にぶち込んでくれた。私が清々しい気持ちになるくらい雑に、である。
「歯ブラシくらい袋に入れてあげようよ」と私がヘラヘラと袋を出したので、彼女は「優しすぎる」と怒った。袋に入れた歯ブラシは長い間部屋に滞在していたはずなのに、それは愛ではなくて、ただ情のかたまりになっていた。

荷物をまとめている間に別れ話のメッセージを読んだ彼は、案の定私の家までやって来た。深夜の2時まで続くインターホンの音とメッセージの嵐。怒りの中に悲しさもあった。
彼はなんとなく、謝れば許して貰えると思っている。私が甘いし、彼に下に見られているからだ。彼の考えることが手に取る様に分かってしまう。
それなのに、彼は私が浮気を嫌うことも、インターホンを何度も鳴らされて怖い気持ちになることも、何も分かっていなかった。
同期は荷物をまとめながら彼氏の執着心をバカにしてくれて、それから「今日はこのまま泊まっちゃおうかな」と言った。彼女は翌日、朝7時出社だった。

無縁だと思っていた「浮気」をされて、人の温かさを知った

休みが合う彼と付き合って、なんとなく同期や友人と遊ぶのも消極的だった私にとって、人生の価値観がオセロのようにひっくり返った夜だった。彼女は自分の仕事の大変さよりも私を優先して、朝まで一緒にいてくれたのだ。
帰り際「貴女は捨てられたんじゃなくて、捨てた女になったんだよ」と言ってくれて、私はようやく涙を流した。

きっと、彼女がいなければあの夜を越すことはできなかったと思う。インターホンの恐怖に負けて会っていたかもしれないし、メッセージを返していれば「捨てられた女」になっていたかもしらない。
浮気なんて、私とは違う世界だと思っていた。だけど恋愛の失敗は、人の温かさを知るきっかけとなった。
次に恋人が出来たときは、彼女に1番早く報告しよう。あの頃の夜がなかったように「おめでとう」と笑顔で祝福してくれるだろう。