あの恋から学んだこと。特別なんていない、人間は正しく平等だった。

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中学2年生の秋、美術部だった私は体育祭の応援旗を任されていた。メンバーには、クラスでもキラキラしたグループにいるけど、落ち着いた雰囲気を漂わせた彼がいた。そんな彼は絵が上手で、初めて知った時から少し気になるクラスの男の子だった。
そんな中、不純ながらも内気な私は応援旗で話すチャンスができてうれしかった。
いつもの放課後とは違う、彼と一緒の時間を共有できた。そして協力しているうちに、大人しいと思っていたけど内気な私にふざけて笑わせてくれたり、実はこだわりが強くて頑固だったり……そんなクラスでいる彼とは違った「人間味のある姿」を知って、いつの間にか私は大好きな美術の授業も朧げになるくらい、頭の中が彼で埋まる毎日になっていた。

でも、幸せな時間はあっという間で体育祭当日になった。
頑張って走る彼を見ながら、体育祭も盛り上がり、そして見事私たちの応援旗がグランプリに選ばれた。表彰台に立つ彼、恥ずかしながらも満面の笑みを浮かべ、私も幸せな気持ちでいっぱいになった。
でも片付けに入る頃、もうこの関係も終わってまたただのクラスの同級生に戻るんだと現実を思い出し、いつもは涼しくて大好きな秋の香りが切なくなった。
それからの日々はあっという間で、特に進展もできず、卒業していった。

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高校生、大学生と進学し、私も少しずつ大人になりながら社交的になった。しかし、男の人と出会って仲良くなっても、私の頭の端っこにずっと特別なあの頃の彼がいて、他に好きな人ができなかった。
秋の香りがする度に彼を思い出し、元気にしてるかな、もしかしたら恋人ができているかもなと、何もできなかった私に悔しさを感じながら心臓がキュッと苦しくなった。

目まぐるしく時が流れる社会人1年目の秋のはじまり、中学の友達と遊んだ時だった。
友達の口から彼の名前が出てきたのだ。友達は「東京でデザインの学校に行って服のブランド立ち上げたらしいよ」と、インスタの画面を見せてきた。
画面には大人びて雰囲気が変わったけど、あの頃の彼がいた。そして変わらず絵を描いていたのだ。
見た瞬間、自分の鼓動が友達に伝わってしまうのではないかと不安になるくらいになっていた。そして私は彼ともう一度だけしゃべりたい、ずっと忘れられない特別な彼ともう一度関わりたい、そう考えているうちにいつの間にか私は彼のアカウントをフォローしていた。

フォローが返ってきたのはそれから3日経った後だった。
少しのモヤモヤがありながらも、返ってきたうれしさに私が中学時代に呼ばれていたあだ名とともにメッセージを送ると、すぐに返信が返ってきた。
「雰囲気が全然違って全く気づかなかった!すごく可愛くなったね!」
仕事の疲れが全て吹き飛んで、頭が沸騰した。それから数日ほど何をしていたのか、今はどうしているのかとかなど早いテンポで話していた。

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でも次第に返信が遅くなり、内容も薄くなっていった。
そして私が感じたのは「今まで出会ったその辺にいる普通の男の人と同じだな」と思った。その時私は、ずっと中学2年生の彼の成長を想像で追いかけて、私にとって一生特別な存在だと頭の中で幻想していた事に気づいた。
返信が遅いことよりも、会話の内容が薄いことよりも何より、「特別だった彼がいなくなってしまったこと」が私の心の何かをえぐり取った。彼だけは特別だと信じていたけど、所詮他の男の人と同じ男。同じ人間だった。

関わったことで失ったものも多かったが、それから私はこの世の中に特別な人間なんかいない。皆平等に同じ人間なんだと思うようになり、何かの呪縛から解き放たれたように心が軽くなった。

さよなら。中学2年生の彼。さよなら。幻想の中の彼。
私は久しぶりに秋の香りを感じた。