幼少時代に3兄妹で喜んで食べたベビーカステラの蜂蜜の優しさ。
部活動の大会遠征のランチでお気に入りだった、スーパーハイカロリーのドーナッツのガツンとした砂糖の甘さ。
留学中、道に迷った後に入ったカフェで食べたクラムチャウダーから伝わった安堵の温かさ。
デート中だからと小食ぶりたかったのに、あまりの美味しさに止まらなくなった鳥の唐揚げの柚子胡椒の刺激。
今までの人生で記憶に刻まれている味や風味、そこから派生される思い出はたくさんある。
◎ ◎
最近記憶に刻まれたのは、やけにアルコールの強いシークワーサーサワーだ。
夏も終わりに近づいた9月末の日曜日昼、私は好意を寄せている彼と一緒に都内の居酒屋にいた。そこは彼のおすすめの沖縄料理屋さんで、メニューを見るだけで心が躍るような本格的な料理のラインナップだった。
今夏一度も食べる機会がなかったゴーヤーを食べられること、そして好きな彼と一緒にランチができることにテンションは静かに急上昇。そこで彼が頼んだのがシークワーサーサワーだった。先にお店に着いた私は他のドリンクをオーダーしてしまっていたが、「これ美味しいんだよ」と彼が一口勧めてくれたので厚意に甘えた。
なんだこれ、凄く美味しい!そして濃い!!シークワーサーだけじゃなくて焼酎が!!!!
当然2杯目は私もシークワーサーサワーを頼んだ。しかもその日はその場で彼とライブ中継のスポーツ観戦をした。
昼間からテンションだけではなく感情のバロメーターも急上昇。試合で盛り上がって暑くなってサワーを一口。試合の緊張から手なんか握っちゃって、恥ずかしくてまたサワーを一口。もう何に興奮しているのか分からなくなって、やけに喉が渇いてまた一口。
気を利かせてくれた彼が、3杯目は水も頼んでくれて。でもまたすぐになくなって。またまた彼は気を利かせて、今度は焼酎を少なめにサワーを注文してくれた。
なんて優しいの……。あーーーもう好きーーーー。
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完全にほろ酔い状態になってしまったので、会話の記憶が少し心配だが、旅行の話からその日観戦した試合の話など幅広く話した(気がする)。
私はアルコールが入りすぎると、言葉を丁寧に選ばないで口走る癖がある。今までそれで何度後悔したことか……。
彼の前でそれだけは嫌だと、上手く回らない頭をなんとかフル回転して話をするよう努めたが、どうも口から言葉が出るスピードが落ちる。悟られないように、間を埋めるためにまた口に運ぶのはサワー。本当に何をやっているんだ。
朧げな記憶の中で話したことの一つに、彼が沖縄へ一人旅をした思い出がある。私はとっさに、沖縄は友人や恋人、家族など複数人で行くことが多い場所というイメージが浮かんだが、彼の話を聞いて凄く行きたくなった。沖縄の方の優しさ、どんなお店に入っても雰囲気が楽しく、いつの間にかその場で出会った人と和気あいあいと飲んでいるなど……。
目の前に並べられた沖縄料理を口に運びながら、そんな場所を想像してみる。
そして思う。「よし、冬休みに沖縄に行こう」
思ったつもりが言葉に出ていたようだが、思いがけぬボーナス発生。
「えー、じゃあ僕も一緒に行こうかな」
………行きましょ行きましょー、なんて笑顔で返すものの、明らかな心拍数の高まりを感じた。
顔が笑顔からにやけに変わらないように意識を回すも、もう私の頭ではコントロールできないことが分かってトイレに退散。
◎ ◎
えーーーーーー!!!!こんな美味しい展開ってあり!?!?!?!?
どれだけアルコールを摂取しても赤面しない私の顔が赤くなっている。手で風を仰ぎ、ようやく落ち着いたことを鏡で確認してから席へ戻った。
お店を出たのはまだ日差しの強い午後4時。もう1件行こうかと、散歩がてら隣の駅まで歩く。
試合凄かったですねー、なんてお喋りをしながら交差点に差し掛かる。そして彼の腕をウエストに感じて、私もスッと彼の背中に手を回す。
結局、その後韓国料理屋さんで飲んだソジュが決定的で、ほろ酔いが完全に酔いに変わった。でもソジュを飲みながら頭の中に支配されていた疑問ははっきり覚えている。
「私は本当に彼と沖縄に行けるのか」
お気に入りになったシークワーサーサワー、次は沖縄で彼と味わえるといいな。