ずっと一人でいるのが怖かった。
中学生から大人になるまで、恋人が途絶えたことが無かった。
休日は必ず恋人と過ごすから、会えない週末は手持ち無沙汰な時間を楽しむ術を知らず、時間を無駄にして過ごした。
いわゆる、依存体質だったのかもしれない。
自立した女とは程遠い、情けないかまってちゃんだったなあ、と今振り返ると思う。

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そんな私が一人旅デビューをしたのは、遠距離恋愛中のことだった。
当時付き合っていた恋人とちょうど同時期に転勤を言い渡され、見知らぬ土地で初めての地域で、初めての一人暮らしをしている時だった。
そんな生活が始まった時は、自分の不運さを嘆いてばかりだったが、意外とその状況にすぐに慣れ、ソロ活にどっぷりハマり始めた頃だった。

ソロ活の一番楽しいところは、一人で何でも出来るようになっていくような、自分自身の成長が感じられることだ。
今日は一人で焼肉に行けた、今日は一人で温泉に行けた。
じゃあ今度の休日はどんなことをしよう?など、ワクワクが止まらない日々の中で、修学旅行ぶりの京都旅行を計画した。
当時住んでいた名古屋からはバスで数時間で着いてしまうのだが、バスの中で一人、「ああ、私何でも出来るようになったなあ。強くなったなあ」とにやけてしまうくらい、気分が高揚していたのを今でも覚えている。

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京都は、修学旅行で見た何倍も素晴らしかった。
その素晴らしさをタイムリーに分かち合える人はいない。雑談もできない。でもそれがよかった。
ただ、見たもの、感じたものへの感動を、自分の中で爆発させて、自由に感動がカラフルな花火のように脳内で弾けた。
誰と歩くより、一人で歩く京都は素敵に思えた。
浮かれた私は、せっかくの一人旅デビューなのだから、と少し高級な割烹料理屋でランチをとることにした。

一人ぼっちで、若い女が来店したので、お店の人も少しとまどっているように見えたが、私は鴨川が見える特等席に通してもらえた。
なんて最高のロケーション。
そうだ、今日は私の一人旅記念日なのだから、祝杯をあげよう。そう思って、いつもは飲まないビールを頼んでみた。
その頃の私はお酒の味も好きじゃないし、お酒は付き合いで飲むためだけのもの、と思っていた。
でも、その時ばかりは、ここまで一人で来ることが出来た自分に対して何かお祝いをしたいと思ったのだ。

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運ばれて来たその黄金の飲み物には、なめらかなシルクのような白い泡が乗っかっていた。
ビールなんて嫌い。ビールを飲むと、恋人は別人になる。会社の同僚の声は大きくなる。上司は自分自身を満足させるためだけの思い出話しか話さなくなる。お酒なんて、人間関係を壊すためだけのものだ。そう思って来た。
グラスを口につけた時、うっとりするようななめらかさが口いっぱいに広がった。
花びらの匂いがした気がした。
魅惑の魔法の飲み物を飲んだかのように、3月の冷たい空気で冷え切った身体が一気に温まった。
感動した、なんてもんじゃない。魔法にかけられてしまったのかと思った。
美味しい、なんてもんじゃない。喜びで、体が震えた。

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あれから何年も経って、ビールは何百杯と飲んだ。
でも、あんなに美味しいビールはあれだけだ。いつかあのビールをまた飲める日が来るだろうか。
一人では牛丼すら食べられなかった情けない私が、京都へ一人旅をして飲んだ大嫌いだったはずのビールの味。挑戦したからこそ、味わえたあの味。
もうあの味は味わえないかもしれないな。
でも、いつかまた飲めるかもしれないことを楽しみに、今日も明日も、よりよい自分になれるように、トライアンドエラーを繰り返して生きたい。