世界一おいしかったチョコレートケーキ。
それは昔、お隣さんが作ってくれたケーキだった。

どうしてお隣さんの家に遊びに行ったのか、覚えていない。
けれどあの日、わたしはお隣さんの家にいた。
わたしは5歳くらいだったと思う。
確か、お隣さんの家には、わたしと年が変わらないくらいの男の子が2人いた。
もしかしたら仲が良かったのかもしれないけれど、今はもう名前も思い出せない。

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あの日、わたしはとても体調が悪かった。
じっとしていられない子どもだったのに、しんどくて遊ぶこともできず、母の膝の上に寝転んでいた。
きっと、熱があったんだと思う。
だけど、少し口にしたチョコレートケーキは、びっくりするぐらいおいしかった。
あまりにしんどくて自分では食べることすらままならなかったわたしは、朦朧としている中、母にねだって口に運び続けてもらった。
わたしが今まで食べたものすべての中で、一番おいしかった。
あんなに体調が悪かったのに、びっくりするぐらいしあわせな時間だった。

そして、無事に帰宅したわたしはトイレに駆け込んだ。
汚い話だが、わたしは吐いた。

そのときの気持ちは今でも覚えてる。
「あぁ……あんなにおいしかったチョコレートケーキを全て出してしまって……なんてもったいないことをしたんだろう」そう思った。
ちょっとだけ、吐いてしまったものを食べたいような気持ちにもかられた気がする。
それぐらい、あのチョコレートケーキはおいしかった。
だけど、体調が悪くてそれどころではなく、その後のことは何も覚えてない。
そして、わたしはあの世界一おいしいチョコレートケーキに20年以上再会できていない。

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「あのチョコレートケーキが食べたい」。何度そう口にしたかわからない。
そんなわたしに母は言った。
「私もあのケーキが食べたいと思って、作ったことがあるのよ。だけど、同じ味にはならなかった」らしい。

お隣さんは、確かフランス人だった。そして、あのチョコレートケーキに使ったチョコレートは、親がフランスから送ってくれたチョコレートを使って焼いたそうだ。
ということは、もしかしたらおいしかったのはケーキではなく、チョコレートだったのかもしれない。
そして、そのチョコレートのブランドがわからない限り、レシピが分かってもあのチョコレートケーキを作ることはできない。
そんな不安が頭をよぎった。

そしてわたしは最近、そのチョコレートケーキのレシピを見つけた。
そのレシピを見ると、「世界一おいしいチョコレートケーキ」と書いてあった。

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そして、とてもありがたいことに、レシピの原材料にチョコレートのブランド名と、「one of the best(最も良いものの中の一つ)」と書いてあった。
早速ネットで買えないか調べてみる。
Amazonで見つけた。ただし、日本への配送ができない商品だった。
楽天市場にもあった。けれど、海外からの取り寄せ商品で、「税関で廃棄される可能性があり、補償もない事をご確認済みですか?」という項目があり、ここに「はいorいいえ」で答えなくてはいけなかった。
かなりいいお値段がするのに、廃棄は困る。
しばらくわたしは、輸入食品店を巡ることに決めた。
あと、次に海外旅行に行ったときは、これを見つけて帰ると心に決めた。

チョコレートが好きで、複数のチョコレートショップに勤めたこともあるわたしが、世界一おいしいと思ったチョコレートケーキに、また出会える日を楽しみに生きる。
いつ死んでも悔いはないけれど、最後の晩餐は世界一おいしいチョコレートケーキを渇望する。