誰しも自分の聖域と呼べるくらい愛している場所があると思う。安心で安全で幸せになれる場所――。私にとってそれはベッドの上なのだ。

ベッドの上にタブレットとスマホを持っていき、ボーっとYOUTUBEを流し、時折来る友達からのラインに返信しつつ惰眠をむさぼる。
これが私のお休みタイム。言い換えれば完全OFF状態。
服はなるべく薄着がベスト。肌と布団の触れ合う感じがめちゃくちゃ心地よくて、「あ゛~、今から寝れる、今から何も気にせんでいい~!」というボディランゲージみたいな合図にもなっている。

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予定の無い日、私のスケジュールは主に午前中に集約される。
見て見ぬふりしてきた部屋全体の掃除、洗濯や食料ストックの買い出しなど丁寧に時に大雑把に終わらせてしまう。部屋中の窓やドアを開けて空気の入れ替えをしている時は、部屋全体が洗濯されているような清々しい気分になる。
仕事がある日もこうして空気の入れ替え位できればいいんだけど。ルーティンに組み込まれていないので、こんな些細なことがなかなか億劫なのだ。

さて、綺麗になった部屋で真っ先にやることが、先に書いたベッドでのゴロゴロねんねタイムだ。要はやることなくなって時間を持て余した贅沢行動なのだ。
YOUTUBEを温かい布団の中で籠る様にして見ながら、寝るまでの微睡を楽しむ。なんて贅沢で残念な時間の使い方。

いつも頭の片隅には「何かこの時間を使って生産的なことが出来ないものか」と考える。アクセサリーを作ったりするのも好きだし、物語を書くのも好き、そんな自分の好きなことを思い浮かべては「準備が面倒くさい」とあっさり諦めるのだ。

秋用にイメージしていたイヤリングを作る日はいつになるのか……。夏の私よ、申し訳ないがあのイヤリングは当分この世に生まれないや。あれ、春の私もこんな感じで夏の私に謝っていた気がする。じゃぁ、まぁ、しゃーないか。多分秋の私も冬の私に謝る……ってそろそろこのループから抜け出したい。

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大抵次に目が覚めた時、16時前になっていてここから何かするというには微妙な時間。夕日でオレンジに染まる庭を見て、「あの我が物顔の雑草を1本でも抜くか」と寝起きの頭で未だ生産性を考えている。実行には移さない。考えるだけ。

もし私の考えている事がスルリと出来てしまうなら、きっと私の人生はもう少し充実する。YOUTUBEで丁寧に生きる人の生活風景を上げているものがあるけど、あんな感じで世間からも自分自身も充実を感じられる。憧れちゃうな、といつも思う。

けど、今の自分の思う丁寧を生きれば、恐らくYOUTUBEの真似事になる。出来たら心地良いけれど段々窮屈になって、やがて「やっぱ私には無理だ」と残念な気持ちになる。

そもそも丁寧って窮屈になる言葉じゃなくて、心が穏やかでのびやかでポジティブになるものだと思うから、人によって丁寧も十人十色でしょう。だったら、私の丁寧はこうしてベッドの上でハムスターリスペクトの寝方でもぞもぞしていることだ。そんなこと考えて自分を肯定する。

グッと伸びをして、肩甲骨が攣って「あたたたたっ」ってベッドでバタバタして、確実に年を重ねていることを自覚して。そうして私は夕食の準備に取り掛かる。これもいつものお決まりのパターン。
そうして私のお休みはゆっくりと終わっていくのだった。