パシャリ。高校3年の2月のことだ。塾から家に帰った私は、今しがた撮った花の映りを確認しようとアルバムを開いた。
「この日を覚えていますか?」
最近のアプリは性能が良すぎるのも困りものだ。AIが私に問いかけて、表示したのは、2年半前に撮ったパンジーの写真だった。大好きな彼氏に振られたその日に、傷心ながら撮った一枚だ。

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初めて2人で出かけたのは、地元の花の祭典だった。
お祭りの帰りに撮った、パンジーで作られたオブジェを背景にしたツーショット。私にとってパンジーは、人生で一番幸せで仕方がなかった日の象徴だった。しかし、それから2ヶ月ほどして、私は振られた。
振られた日は、なんでという気持ちでいっぱいだった。私はあの日から何も変わっていないのに、と。だからだろう。もう時期外れなくせに、あの日と変わらず綺麗なパンジーを、写真に撮ったのは。

写真と共に、当時の苦い気持ちを思い出してしまった。それも、私が写真を削除する勇気を持てなかったせいだ。
昔の写真なんて何度も見返すものではない。まして、見て切なくなるような写真なら見ない方がいい。分かっているのに消せない。ならば、せめてハイライトに表示されないようにしよう。
調べた手順通りに画面をタップしていく。しかし、最後に表示された言葉に、また私の手は止まる。その言葉を思わず口にする。
「この思い出を削除」
私の声は思いがけず、乾いて、震えていた。そのことに気がついた時、写真はハイライトからすら、もう消せなくなっていた。
分かった気がした。私は、彼を好きだった私を置き去りにしたくないのだ。彼を忘れてはいけないと思うのだ。彼は、私が変わるきっかけになった人だから。

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私は元々、人に嫌われたり、反感を買ったりすることを極度に恐れていた。でも、十人十色の世の中で、誰からも好かれることなんて不可能だから、その恐怖心はただ私を縛り付けるばかりだった。でも、彼に振られたことを機に、一番嫌われたくない人から嫌われた絶望を味わったのだから、もう誰に嫌われても怖くないと考えるようになったのだ。
私のやけくその思いは、運よく良い方へと転がった。他人の目を気にせず、自分が本当にやりたかったことに手を伸ばせるようになった。自分の意見を言えるようになった。
おかげで、ずっと憧れていた大学の推薦にも挑戦できた。つい一週間前に出た結果は不合格だったけれど、その文字を見た時、私は残念な気持ちと、もう半分は清々しい気分だった。
以前の私なら、できないと決めつけたり、こんな私に受験の資格なんてないと諦めたりしていただろう。後悔せずに済んだ。
憧れの大学の教授に私の志望理由書を読んでもらえた。一次試験を通過して、二次試験では、直接その教授方とお話しもできた。なんて貴重な経験だろうか。面白い考えを持っているねとも言っていただけた。その言葉も、今の私だから嬉しいと思えるのだ。

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やっぱり、忘れない。彼も、あの日も。忘れたくない日なら、いっそ記念日にしてしまおうか。
見る度、古傷を痛める写真は、私の生まれ変わった喜ばしい日を称える勲章になる。スクロールして、写真を探す。消すことも、見返すこともなかった写真は、後から撮られた写真に追いやられて、探すのが面倒なほど下へと流れていた。
AIが無邪気にその地層を崩さなければ、きっと見返すことはなかったはずだ。でも、今、私は自ら地層変動を起こすのだ。
調べ直した手順に従って画面をタップしていく。最後に、新しいタイトルを入力するよう求められた。迷わず打っていく。
「私だけの記念日」
いつかまた、AIはこのパンジーを私の前に差し出すのだろう。「記念日を覚えていますか」などと言って。