ある日付、それが私のスマホのロックナンバーだ。その番号を使い続けて、もうかれこれ10年近くになる。
その日は、誕生日でも記念日でもない。私には何の関係もない日。だけど、私にとっては記念日。

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中学の頃、同じクラスの男の子を好きになった。
派手ではないが無駄のない中性的な整った顔立ちで、黙っていると物憂げな美少年の絵画そのものだった彼は、まだランドセルを背負っていた名残の色濃いガキ臭い男子の中で抜きん出て見えた。
そんな夕日の翳る教室で静かに読書をしているのが様になるような絵画の美貌とは裏腹に、彼は運動神経も良くサッカー部で、明るくお調子者な性格から、クラスメイトのみならず先輩や先生からも人気者で、いつも彼の周りには人がたくさんいた。

普段の字はあまり綺麗じゃないのに、自分の名前だけやけに上手なところ。
話すと凛とした容姿とはミスマッチな、高くひしゃげた特徴的な声。
その声で陽気にやや調子外れな歌をよく歌っていたのも、ギャップが魅力的でむしろチャームポイントに思えた。

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好きだったけれど、ひっそりした憧れを胸に目で追うだけで、彼とほとんど喋ったことはなかった。
今日は寝癖がついてて可愛かった、新しいシャーペンを使ってたなどと、毎日嬉しげに彼のことを陰から眺めては、友達に逐一報告するものだから、友達の内では恋愛というより、ファンかストーカーだね、なんてからかわれていた。

そんな彼に、彼女ができたらしい。そのことは彼はもちろん、私達とは違ってイケてる女子のグループに属していた彼女の方から直接聞くわけもなく、風の噂で知った。
どうやら少し前の文化祭で付き合い始めたそうだ。

彼女は、イケてるグループに属しながらも気さくでさっぱりしていて私達にも気軽に話してくれる、長く濃いまつげに大きな目と、黒く長い髪が特徴的なエキゾチック系美人だった。
好きだったけれど、自分が付き合うだとかは全く頭になかった私は、嫉妬の感情も1mmもなく、まるで芸能人同士の結婚を祝福するように手放しで、美男美女でお似合いの絵になる素敵なカップルが誕生したことを喜んだ。

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当時、スマートフォンが普及し始めていた。
学校ではちょうどガラケーとスマホの割合が半々程度だったが、機種変更のタイミングでたまたま早めにスマホを所持していた私はそれが小さな自慢だった。
二つ折りで蓋がされているガラケーとは違い、液晶画面が剥き出しのスマホは無防備に感じたのか、中学生なんてほぼ大した秘密はないのだけれど、スマホ所持者はみんな一丁前にロックナンバーを設定していた。
そのせいか、謎解き感覚でスマホのロックナンバーを予想し、ロック解除をする遊びがクラスで流行った。
スマホ貸してーと気軽に言われ、ほいっと渡すと、難しそうな顔でロックナンバーを予想して、何度か番号を試される。

公立中学で小学生からの持ち上がりも多く、家も近くてほぼ毎日学校で顔を合わせるプライベート筒抜け状態の中で、生年月日や、好きな人やアイドルの誕生日では単純すぎて、すぐにロックを解かれてしまう。
そんな単純な数字ではあっさり解けず、何度か入力して失敗し、一定時間操作できなくなるようなロックナンバーが、イケてるとされていた。

なので、例えばクラスメイトには内緒で付き合っている先輩との記念日、部活動で知り合った他校の彼氏や彼女の誕生日など、予想しにくい自分だけの一捻りあるロックナンバーを持っている、というのは一種のステータスであり、単純な番号の子よりも大人びていて、1段上のステージにいる、という共通認識があった。
私は、難しいロックナンバーにはしたいけど、馴染みのない番号にしてもなぁ、と思い、シンプルに誕生日、あえての生年、ニコニコで2525などとコロコロと変えていた。

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そんな中で彼が付き合い始めたらしいという噂を聞いた私は、迷わずに付き合い始めたとされる文化祭の日、その日付をロックナンバーにした。
直接自分に関係する訳ではないからおかしいと思われるかもしれないが、推しカップルにとっての記念日は、私にとっても記念日だったので、何の疑問も持たなかった。

その後、毎度スマホを触るたび彼らに思いを馳せつつ、密かに応援し続けたものの、2人の高校が分かれたのが決定打になり、お付き合いは自然消滅してしまったらしい。
私は引っ越しもあって高校が離れてしまったため、その後の2人のことは全く知らない。

あの日、何か特別なことがあった訳でも、自分の記念日でもないけれど、やっぱり私にとっては記念日。あの淡い中学生の思い出を象徴する、特別な日。