最近、失恋をした。
私は女子校出身であまり恋愛経験がない。大学で初めて彼氏ができたけれど、上手くいかず別れてしまった。それ以降も、就活で忙しかったり恋愛をする気分になれなかったりで、気付けば3年近く彼氏がいなかった。
◎ ◎
そんなある日、興味本位でマッチングアプリを始めてみた。けれど数人と会って、アプリで恋愛をするのは想像以上に難しいと思い知った。
自然に恋に落ちるのとはわけが違うのだ。毎度同じプロセスの繰り返しに疲れてきたし、デートをすること自体に充足している自分もいた。だから最後に1人会って、もうやめることにした。
それがSである。
Sは私より7つ上で、いわゆるハイスペック男子というやつだ。良く言えば紳士的で、悪く言えば女慣れしていた。ハウ・トゥー・レディーファースト本なるものがあるならば、その教訓全部をやってのけるような人だった。
私は年上の男性&慣れない姫対応という状況に、とても緊張してオドオドしてしまった。会話はウィットに富んで面白く、私をよく褒め、おまけに好意を感じさせる発言を惜しげもなく披露した。
恋愛経験が乏しい私でも流石にこんな上手い話はないと怪しんだ。けれど私は押しに弱く(そう思っていなかった)、連絡先を交換してその日は別れた。
◎ ◎
連絡が来て、とりあえずまた会う約束をした。私は疑心暗鬼な状態だったが、ちょっとしたトラブルでSを少し信用してしまうようになる。
チャットでSが私を見下してきたのだ。もちろん、私は嫌な気分になったので約束を断った。でもそれは私の誤解が原因で、さらに私はなかなか強気な返しをSにお見舞いしてしまった。普通なら面倒な女と縁を切られてもいいくらいだ。
けれど、Sは私を責めず誤解をさせたことを真摯に謝った。悪い人じゃないのかもと彼への警戒心が薄らいだ。
そういう経緯もあって、2回目は前より打ち解けて話すことができた。仕事、家族、将来、恋愛などお互い色々な話をした。くだらない話もして、年の差を感じさせないくらい楽しかった。
別れる時、3回目の会う約束をした。
ところが、Sが仕事で暫く忙しくなり、約束した日に会えなくなってしまった。会えない間も電話をしたり、チャットで雑談をしたりした。Sは私を気にかけ、相談に乗ってくれ、優しい言葉をかけてくれた。私は次第に自分がSに惹かれていることに気が付いた。
1ヶ月と少しして、やっと会えることになった。私は彼が仕事で忙しいから会えないと信じていたし、何かあるのではと期待さえ膨らましていた。
しかし、以前のSとは明らかに態度が違う。会話をする意志を感じられないし、笑顔も少ない。話題を振らないと無言の時間さえある。いざ口を開いたかと思えば、なんと下ネタだ。
私は困惑した。話を変えたくて、お互いの印象について話す。私は、Sとのやり取りを通して素敵だと思った内面的な所をたくさんあげた。一方、Sは私の外見的な所を褒め、極めつけには男慣れしてないと言ってきた。虚しくなった。
◎ ◎
店を後にして私はSに、私との今後について尋ねた。Sは、仕事が忙しくて彼女は作れないと答えた。
私はショックでSの顔を何回も見上げた。
「なんで今日、私と会ったんですか?」
Sは答えない。思わず「もしかして……私と体だけの関係を望んでるんですか?」と聞く。
Sは「他の人なら全然いいけど、あなたはそういう人じゃないでしょう……」と言ってきた。
「Sさん、悪い男ですね……」
暫く共に無言だった。その日は雨が降っていて、まだ初秋なのにすごく寒かった。
今までの優しさはこのためだったのだろうか。いつからだろう?最初から?途中から?どうして?頭の中はぐちゃぐちゃで、とても冷静とは言えなかった。
私は「Sさんのこと嫌いじゃないけど、好きかと言われたら分からないです」と思ってもないことを言った。Sは「私もです」と呟いた。
心がぽろりと欠けた心地がした。気付いたら私は「じゃあ……ホテル行きますか?」と自分でも信じられないようなことを言っていた。
「寒いから手、繋いでくれませんか?」
そう言って左手を差し出す。彼の右手は私の手を掴み、ずんずんと目的地へ引っ張っていった。
ホテルを出て、駅の改札まで見送られる。振り返ってもまだいる。今更紳士ぶっちゃって。またね、と手を振る。終電間近の電車はガラガラだ。深夜の鈍行列車に揺られながらどっぷりと余韻に浸る。こういう関係もアリかな、私も大人になったな。
突如、涙が溢れて止まらなくなってしまった。遅れて、悲しい気持ちと自責の念がやってきたのだ。
泣きながら、私はSにメッセージを送った。
「やっぱり私には無理でした。本当はSさんに惹かれていたし、内心すごくショックでした。私はSさんが好きでした。少しの間でしたけれど、ありがとうございました。返信大丈夫です」
食い逃げならぬ告白逃げ。その時の私の精一杯の抵抗をして、Sの連絡先を消した。
◎ ◎
嫌われたくなくて聞かず、違和感を見て見ぬふりをした。自業自得の結果だ。ただ私の性格上遅かれ早かれ失敗していたはずだ。その相手がたまたまSだった。運が悪かった。それだけ。
彼にとって私は世間知らずで人を疑わない都合のいい女だったろう。人を信じることはこんなに難しかっただろうか。
傷心した私はあろう事か、元彼に電話をしてしまった。元彼は心配もせずアハハと笑ってきやがった。
付き合っていた頃も思っていたが酷いやつだ。本当に男を見る目がない。だが、元彼の無神経さに救われたのも事実だ。
彼は私と付き合っていた頃の話をしてくれた。よく覚えているなあと感心すると同時に、純粋に嬉しかった。もうやつに連絡をするのはやめようと心底感じたけれど。
恋愛の酸いも甘いも、時が経てば良くも悪くも思い出になってしまう。私の経験はとても美談とは言えないものばかりだけれど、何年後かには酒のツマミ程度に消費してきっと笑っていることだろう。私はそういう性格だから。
Sのばかやろう!
私のばかやろう!
次こそは幸せになるからな!!