かがみよかがみにエッセイが掲載されること、それは恐ろしいことでもある。

確かに2月10日の私は、かがみよかがみのこの記事「めざすのは体脂肪率が私より低い『豚』。健康的な体で自分を好きに」でこう宣言した。「2022年は健康的にスリムになる」と。
さかのぼってツイートを消せるTwitterと違って、一度掲載されたエッセイは一生残り続ける。2月10日の私は、体重67キロ。そして今さっき計測した、10月28日の私も67キロ。
なんとダイエットを宣言した2022年、体重はまんじりともせず動かなかったのである。
これで私が、いかに怠惰で意志が弱いやつなのか、かがみすとさんたちにバレてしまった。

もう一度言う、かがみよかがみにエッセイが掲載されるのは、恐ろしいことなのである。

しかし、体重が微動だにしなかったこの約9か月、ダイエット宣言を忘れたわけではなかった。むしろ折に触れて思い出していた。
その「折」をいくつか紹介しようと思う。

◎          ◎

まず、会社の同期で仲の良い男友達2人と初めてカラオケに行った。2月の下旬のことである。
これはあるあるだと思うのだが、初めてのメンバーでカラオケに行くのって、なかなかに緊張する。同期と言えど2つ下の彼らに、さすがに歌のジェネレーションギャップはないだろうか、とか、しっとり系よりやはり最初は盛り上がる曲の方がいいだろうか、とか、あんまりマイナー過ぎる曲はやめようか、だとか。
そんな風に最初の一曲目を逡巡する私に、彼らのうちの一人は言った。
「まよさん、すげー歌上手そう。声量すごそう!」と。

私はまだマイクを握ってすらいなかった。歌上手そう、はまだ分かる。普段の声が魅力的だとかそこから類推できるもんな。ただ、セイリョウスゴソウ?それは何か、私のベイマックス体型から類推されたものではないのか。
ここでか細く繊細な歌を歌って鼻をあかしてやろうか。しかし、そんな曲はレパートリーにはない。やけくそになってSuperflyさんの「愛をこめて花束を」を熱唱してやった。
実際、私の声量は凄い。だてに長年ベイマックスやっているわけじゃない。今こそベイマックスの逆襲。私の熱唱を聞いた彼らは「俺らとマシン変わった?」と笑いながら驚いた顔をしていた。

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また、こんなこともあった。
大学時代からの友人の家に泊まりに行ったときのことだった。8月も終盤のことだった。
4つ下の友人である彼女は(私は引きこもりニートを4年したせいで、同級生とは4歳年齢がずれている。そのことを「時をかける少女」ならぬ「時をゆがめたババア」と大学時代は自虐していた)、私のことを姉のように慕ってくれている。
彼女はことあるごとに、「まよさんってお母さんみたい。本当に頼りがいあるし包容力あるもん」とハグしてくる。お姉ちゃん子で甘えてばかりの妹だった私は、いつも戸惑ってしまうのが正直なところだ。

今回も彼女の家でお風呂に入った後、布団でごろごろしていると、彼女が抱きついてきた。そしていつものセリフを言う。「まよさんって、本当に包容力ある~」と。少し照れながらでも冷静に私はこう思った。
「友よ、私が包んでいるのはあなたではなく、脂肪だ」と。
勿論そんなことは口に出せずに、「え~そうかな~」と適当にお茶を濁しつつ、私は彼女を抱きしめ返した。

◎          ◎

こんなこともあった。
新宿に遊びに行くために、山手線に乗ったときのことだった。9月の初旬だっただろうか。
いつも通り混み合う車内。私は座ることができずに、席の前で立っていた。
すると、私の前の席の外国人のお兄さん、凄く人の良さそうなお兄さんが、私のことをちらっと見る。目が合う。彼は立ち上がる。椅子を指さす。その場から離れようとする。
どうやら日本語は話せないらしい。でも彼がやろうとしていることは、言葉なくとも分かった。私に席を譲ってくれようとしているのだ。新宿まで2駅ほどだった私は、いいっていいって、のつもりで首を横に振った。そのときのことだった。彼が「baby……」と呟いた。
どうやら妊婦さんだと勘違いされたらしい。その勘違いの恥ずかしさで、私は頭が真っ白になった。そして次の英文が口から出た。「I’m not pregnant!!」と。
彼の呟きに合わせた小さな声で言ったつもりが、恥ずかしさで音量コントロールがバカになったため、私が妊婦でないことを車内中に響き渡る大きな声で、宣言してしまった。
ただデブなだけなのに、妊婦さんに間違われて発した「I’m not pregnant」。なんて悲しい英文だろう。こんな悲しい英語を発するために、私は国立大学まで行って高等教育を受けたわけではない。

善意100%の外国人のお兄さんは、気まずそうにしている。お兄さんは何も悪くない。悪いのはこれまで夜中に食べたポテチだ。コンソメ味よ、夜更けのあなたは、なぜそんなにも魅力的なのか。

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こんなこともあった。
椎間板ヘルニアになった。4月頃のことだ。
ある日、起きたら腰に激痛が走った。起き上がるのも、座るのも、かがむのも、歩くのも辛い。すぐに地元の整形外科に行き、こう診断された。1週間に3度はリハビリに行かねばならず、仕事との調節が難しかった。
しかし、腰に腹は代えられない。人間て腰やられると弱い。すべての動作ができなくなる。そう痛感し、せっせとリハビリに通った。
ある日、リハビリ師さんと話しているとこういわれた。
「まよさんってクッションソファ使ってる?」
「あれに太っている人が使ってデスクワークとかしていると、腰だめにする人多いんだよね~」
「一番やっちゃだめだからね」

やっていましたよ、やっていました。エッセイを「執筆する」という文筆家っぽい、甘美な響きに酔って、クッションソファの上で前かがみエッセイを。
太っていたらそんな憧れのこともできなくなるのか。太っていたら、不健康だったら、エッセイを書くことすら制限がかかってしまうのか。そんな気づきにショックを受けた。

この一年、太っていることだけで、様々なエピソードが増えたのは以上のとおりである。エッセイスト(!)としてはネタが増えて喜ぶ一方で、健康でないと書けないエッセイもあるのだと痛感した。
あと2か月、怠惰なエッセイストの汚名返上のためにも、少しは頑張るか、とコンソメ味のポテチに伸ばす手をぐっとこらえてみる今日この頃である。