「来週のクリスマスさ、空いてる?」
いつもより変に取り繕ったような態度で、彼がそう言った。彼のソワソワした空気がこちらにまで伝染してくるようだった。
「まあ、空いてるよ。多分」
私はそう答えた。実際クリスマスの予定はもちろん空いていたし空けていたけど、"多分"を付けた。
だって、私たちは付き合っていない。ただのセフレだった。
私は彼を好きだったしその気持ちを伝えていたけど、彼からは何も答えをもらえなかった。そのままずるずると身体の関係だけが続く、よくある男女の関係だった。
その関係でありながらクリスマスを共に過ごすのは、どこか引っかかるものがあった。
◎ ◎
「じゃあケーキとかチキンとか買ってさ、いつもよりちょっといい酒でも飲もうよ」
と、彼は相変わらず浮ついた様子でそう言った。
好きな人とクリスマスを過ごせることが決まって嬉しいはずなのに、私の気持ちは暗かった。
彼が、私とクリスマスを過ごそうと思ってくれるほど私のことを気に入ってくれているのは分かっていた。それ以外にも好意を感じられる態度や出来事はあった。
それでも、好きだと言われたことは一度もなかった。
好きとも嫌いとも言われない宙ぶらりんな関係のまま、恋人たちのものとも言われるクリスマスを共に過ごす。
そのことがどうしても嫌だった。なんだかバカにされているようにさえ思えた。
大切な人と過ごすはずのクリスマスに、私はセフレとして利用されるだけなんだと感じた。
それでいいのだろうかと思った。
それなりに続いたセフレ関係だけれど、クリスマスにまで利用されるほど私って安い人間なんだっけ?
ソワソワした彼の隣を歩きながら、そう思った。
◎ ◎
その日の夜、彼に改めて話をした。
「クリスマスさ、なんで一緒に過ごすの?私たち、付き合ってもないのに」
彼の周りの空気が冷えたのがわかった。それでも、訂正したり謝ったりはしなかった。ずっと思っていたことだったから。
そのまま、彼とクリスマスを過ごすことはなかった。その年も、その次の年以降もずっとなかった。
彼は言葉よりも態度が大事だと思う人で、言葉にするにはたくさんの時間が必要な人だった。
でも私はそれを待とうと思えなかったし、何も言ってくれない人とクリスマスを過ごして惨めな気持ちになるくらいなら、一人で過ごしたほうがマシだった。
マシだった、と今となっては思えるけど、その時は散々泣いた。
なんで余計なことを言ってしまったんだろうと何度も悔やんだ。
どんなにその関係が惨めでも、どんなに自分の気持ちが報われなくても、好きな人と一緒にいられるならそれで良かったはずなのに。
せめてやっぱり付き合ってとか、もっと可愛く言えたら良かった。
こんなに最悪なクリスマスは無いと思えるくらいに泣いた。
◎ ◎
でもそれも時間が経てば、自分のためにはいい選択だったと言える。
あの日彼とクリスマスを過ごしていたら、私はずっと惨めな気持ちのまま自分のことを嫌いになっていたと思う。
彼を好きだから、そして自分のことも好きでいたいから、あの時私は彼とクリスマスを過ごさなかった。
クリスマスは特別な日。
だからこそ曖昧な関係で得る一瞬の幸せよりも、一人で過ごして自分を好きでいることを選んだ。
それで良かったんだと、今は胸を張って言える。それでいいんだよと、あの日の自分に声をかけてあげたい。だって今の私は、あの時よりは自分のことが好きだと言える。