近づきすぎたら火傷する。離れすぎたら凍死する。買い替えるのは面倒だ。とかくこの世は住みにくい――なんて夏目漱石が言った訳がないが、仕事との距離感は「冬場、ストーブにどれだけ近づくか問題」と似ていると思う。
ある程度近づかないと暖を取ることはできないが、ずっと側にいるのも危険。使い勝手の悪さに全然別の暖房器具に替えようかと考えることもあるけれど、買い替えに行こうにも、外は寒いしお金はかかるしで億劫になりがち。
まあいいか、パーフェクトとは口が裂けても言えないが、最低限の目的は果たせてるし、今年はとりあえずこのままで……という妥協が幾冬と繰り返され、灯油ストーブは年々古びていく。
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わたしは今、「仕事」という熱源に一歩踏み込みすぎた状態である。
9月くらいまでは割とちょうど良い距離感で接せられていたと思う。ほど良く打ち込み、ほど良く疲れ、ほど良くハリのある生活を送れていた。仕事の充実感はプライベートとも連動し、二十数年の中で珍しく人生トータルが「◎」な状態だったと思う。
しかし11月頭に、ちょっとイレギュラーかつ大きめな仕事のイベントがあり、わたしはその準備を任された。そこまで大それたイベントではないのだけれど、わたしにとって初挑戦の仕事であったし、上手くいけば色々と実りもある、なかなか「熱い」仕事だった。
その「熱さ」に引き寄せられて、わたしは仕事とのちょうど良い距離感を見失ってしまったらしい。
何かと初めてのことばかりであること、普段と違う頭の使い方をすること、人間関係にもあれこれ気を遣うこと……そのイベント準備は良い経験となるのは間違いなかったが、とにかく大変だった。9月から10月にかけて、わたしは自分の気力体力が少しずつ奪われていくのを感じた。
そのイベント準備だけに注力できればまだ良かったが、同時に通常業務もこなさなければならない。マルチタスクは社会人の必須スキル、なんて言われるようだけれど、個人的には「無茶言うな」である。
無意識のうちに結構ストレスを感じていたかもしれない。ただイベント本番を迎えるまでは、アドレナリン的脳内麻薬がたくさん出ていたのだろう、わたしは自分が「火傷」寸前であることに気づくこともなかった。
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イベントは無事に終わり、わたしは解放された。評判も決して悪くなかった。
それからわたしにやってきたものはというと、まず打ち上げにてくたびれ切った空腹の身にアルコールをいきなり流し込んだことが直接の原因なのだが、「出先のトイレで嘔吐」という数年ぶりの粗相&羞恥。最悪の気分。
そして「やり遂げた!」という達成感を上回る「もうやりたくない……」という虚脱感&疲労感。
燃え尽き症候群ってこんな感じだろうか。
弱った胃腸はなかなか回復せず、大便はほんのり緑色のまま数日が経過した。胃腸の弱い人間は全てが弱い。週末はもちろん安静。週が明けてもずっとゴロゴロしていたい、と思うくらい、気持ちも弱っている。
このイベントが終わったらきっととてつもない達成感だろう、自分はきっとスポ根青春マンガ顔負けの爽やかな涙を流すだろうと思っていたのに、現実の自分のコンディションはまるで違った。
ここまで心身を痛めながらでないと、仕事での「成功」とか人からの「評価」って貰えないものなんだろうか?もしそうなら、ちょっときついな…要らないかもな……というのが今の正直な気持ち。なんてダウナーな感想だろう。
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いわゆる「バリキャリ」的に働いている人に比べたら、わたしの仕事量は大したものではない。それでもわたしにとって、ここ2、3ヶ月は仕事にのめり込みすぎたようだ。
たまにならいい、まだ耐えられる。ただこの距離感をずっと続けるのはちょっと無理。それを肌で感じることができたのは貴重な体験だった。
これからも働きながら、自分にとっての適切な仕事との距離感を見極めていきたいと思う。ほど良く熱くいられて、でも火傷するほど近すぎない、健やかな距離感を。