家の中でブザーが鳴る。
その音は気軽に人を呼ぶ様なそれではなく、緊急を知らせるサイレンの様な音で、聞くたびに心臓が張り裂けそうになるくらい脈打つ。
私の祖母に何かあった音だ。
この音が鳴るたび、おばあちゃんが苦しんでいる、もうダメかもしれない、と思いを抱きながらたとえ夜中であっても体を無理やりベッドから引き剥がし祖母の元へ駆けつける。
こうなったのは、つい3ヶ月前の話である。

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3ヶ月前、祖母が倒れた。
確かにその日はなんとなく様子がおかしく、しかし本人も具体的には何か分かっていないらしくて、こちらもどうしようもなく、少し夕飯を買いに出た時、祖母は倒れた。
とはいえ、ここ最近は倒れてもすぐに回復して、次の日にはすっかり治っているというのが定番だったのだが、今回はそうはならなかった。
そこから1週間は地獄だった。
とにかく一日中吐き気が治らずトイレもままならない為、夜中だろうがなんだろうがブザーで叩き起こされる。それでもなんとかこなしていたものの、そこで父が発狂した。
父も自分の母の介護を、それこそ寝るまも惜しんでしていたのだが、ストレスに耐えられず発狂して倒れた。大の男の人が発狂する姿は本当にゾッとする。今もトラウマであまり思い出したくない。
私は自分の将来を諦め、介護に集中することにした。
そして今に至る。

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私にとって誰かと一緒に暮らすということは、同時に我慢や犠牲を強要することだ。
たとえそこに悪意がなくとも、大なり小なり生じることだと思う。
私は今そう感じている。
皆が楽しく20代を送る姿を横目に、私は恋人もなく、好きな所に出かける事も出来ずここにいる。

だからといって完全に今の状況を悲観しているわけではない。
家から出られない分、時間はあるのだ。
私は今、準備期間。
今のうちにたくさんのことをインプットする。
備え、そして本当にやりたい事をやる。
絶対にやる。こんな所で人生を終える予定などない。絶対に諦めない。
これは私への意思表明である。