「えっ。夜勤なの?そっかそっか。さみしいね。朝帰ってきてから、改めてクリスマスご飯しようね」
なんてこったパンナコッタ。子どもが生まれてはじめてのクリスマスだというのに、夫は夜勤らしい。シフトを組んだ夫の上司に念を飛ばしつつ、赤子とクリスマスにふたりきり、どう過ごそうかと考える。
ご馳走を作る?うーん。動き回る赤ちゃんから目を離すのは危険だ。ひとりなら家事もろくにできないのに、ご馳走なんてとてもとても。

そうだ。何かプレゼントを用意しよう。心のこもったプレゼント。手紙と、それから……前から作ってみたかった、赤ちゃんの手形クッキー。
これなら子どもが寝てる間にクッキーのタネを作って、手形をつけたらオーブンで焼くだけ。
いいかも……。自分のアイデアにムフムフと頬を緩ませて、当日を迎えた。

◎          ◎

今日はクリスマス。
夫は雨に打たれる中型犬のように、
「明日はごちそう……」
「明日はくりすます……」
と自らを鼓舞して、仕事へ出かけて行った。

よし、まずは坊っちゃまを寝かせるのだ。
わたしは寝ない赤子にせっせと接待を繰り広げる。いないいないばあー!の10連発。お座りのポーズで知育玩具を触らせる。お腹をくすぐって遊ぶ。おお、今日はご機嫌さん……。寝てくれ、寝てくれ、疲れて寝てくれ……。そうやって小一時間遊ぶと……、
やったやった。今日は寝てくれた!

キッチンへと急ぎ、全速力でクッキーのタネを作る。今だけ鎧塚さんの魂よ、わたしの手に宿ってくれ。辻口さんの魂もありがたい。知ってるパティシエが二名しかいない上に、ふたりとも毎日クッキーばかり作ってるわけじゃないよなと自分にツッコミを入れつつ、タネは完成。

坊っちゃまは……まだ寝てる……。

◎          ◎

じゃあ、飾り付けもしちゃおうかな!すぐ調子に乗るラブリーチャーミーなわたしは、ふたりの恋人時代のアルバムを引っ張り出してきて、1ページ1枚ずつ写真を抜いた。これを壁にハート型に貼るのだ。インスタのカップルアカウントでこういうの見たことあるし、いけるいける。なんとなく貼ってみる。

おお?ハートが小さすぎる。え、じゃあ大きいハートを作るためには、写真をたくさん抜かないといけないよね。ちょっぴり面倒な気もしたが、どうにかペタペタと写真を壁に貼り付けた。片付ける時、アルバムの元の位置にそれぞれの写真を戻すの、ややこしいだろうなあ……と何度か思ったが、もう気にしない。片付けは夫に手伝ってもらおうぞ。
カラフルで大きなハートが壁にできあがり、それはそれはハッピーな空間になった。

ちょうどそこで坊っちゃまが「みぎゃゃああああああ」と泣き出し、迎えに行く。ひとしきりあやしてお世話して、ついにクッキーの出番。クッキーのタネを平たく伸ばして、ラップをかける。さ、坊っちゃま、ここに手を載せるのよ、と渡してみる。
坊っちゃまは「?」という顔でクッキーを触る。うわーかわいい。でも優しすぎて型がついていない。ね、ね、もう1回やってとタネを持って迫ると泣き始める。
あらー。泣かせちゃった。和やかで多幸感に満ち満ちたクッキングになるはずだったんだけどな。ごめんね、ごめんね、じゃあもう足貸して、と足型にする。うん、アリだよ。

やや破れかぶれだが、クッキーの型取りは成功。また坊っちゃまと遊んで寝かしつけをこなし、足型クッキーを焼く。
オーブンからふんわりとバターと生地の匂いがただよう。いつまでもオーブンの前にいたいくらい、幸せの匂いがする。

◎          ◎

翌朝、夜勤明けの夫が帰ってきた。
「ただいまー」
「めっりぃぃぃぃ、くりすまーす!!!!」
わたしはハイテンションで紙吹雪クラッカーを押す。帰ってきて急にクラッカーを鳴らされたら怖いと思い、紙吹雪タイプにしたのだ。夫は驚きのあまり無言で目をパチクリとさせながらリビングへ入り、壁の巨大なハートに、パーッと表情を明るくする。
「これ、結婚前の福岡旅行だね」
「これ、出産の予定入院前に、フードコートでアイスを食べた時のだね」
ちゃんとそれぞれの写真の場面を覚えてくれていて、胸がいっぱいになる。
「クリスマスだったのに、お仕事がんばってくれてありがとう!はい、これ、ふたりから!」
「えー!クッキー!何これ何これ。……え、本当にこれなに?」
「足型」
「足?!」
手型じゃないんだあ、と夫はコロコロ幸せそうに笑い、わたしもくふくふ笑い、坊っちゃまは状況が飲み込めずに、でも両親が楽しそうだからか、にぱーっと笑っていた。

その後、クラッカーから玄関に放たれた紙吹雪をふたりで掃除したところまで、良い思い出。