私には、インスタのいわゆる勉強垢で知り合った大切な人がいる。その人は私にとって、心の支えでもあり、ライバルでもある、そんな人だ。
初めて知り合ったときは、お互いに大学生だった。もうかれこれ4年か5年が過ぎようとしている。教員を目指して英語を勉強しています!そんな感じで、初めは軽い感じでつながって、共通点が多かったことから個人的な話もDMでするようになった。

無事2人とも夢かなって教員になった。と言っても全然環境の違う学校で教員をしている。
でも教員になる前から同じ夢を目指して頑張ってきたからこそ、今こうして同じ職につけたこと、お互いに夢を実現させられたことが嬉しい。

偶然にも校種も担当教科も同じ。働き始めた今は、部活動の悩みだったり、同僚との関係性だったり、教科力についてだったりいろいろな専門的な話ができるようになった。
最近はほぼ心の健康をどう自分で守っていくか。この話題に尽きる。彼女も私も教員になってからうつ病になった経験がある。同じ時期ではなかったけれど、このことをきっかけにどんなに元気な人でも、やる気のある人でも心を壊してしまうのは一瞬なのだと知った。
自分が体調を崩すことで周りにかける迷惑を、同じ仕事をしているからこそ分かり合える。だから赤裸々に相談したりすることができる。

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私は最近、プライベートの時間が取れていない。一方で彼女はプライベートがとても順調で、最近結婚もした。
最初は同じところにいたはずなのに。教員としてはだいたいまだ同じくらいのところを歩いているはずなのに。プライベートでは私は何歩も置いてきぼりにされてしまっている。
正直焦っているし、羨ましい。同じ仕事をしていて、仕事の忙しさを身にしみて感じているからこそ、プライベートを充実させたり、そもそも両立させることが難しいってことを他の誰よりも知っているからだ。

彼女は結婚してから、また考え方が一回りも二回りも大人になった気がする。大切な人の存在は、人を良い意味で大きく変化させるのだということも学んだ。

教科力は同じくらい。同じ資格獲得に向けて今も勉強中だ。
しかし、私は資格の勉強はまったく手を付けられていないのだ。彼女が頑張っていることをストーリーや投稿で見て、焦る。でもそれと同時に頑張ろうって思える。
自分ひとりで頑張っているわけでもないし、私が辛いことや頑張っていることを彼女も分かってくれるであろう。わかってくれるといいなという希望的観測のほうが大きい。

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ここまでいろいろと話してきたけれど、私は彼女と顔写真の交換はしているけれど、直接会ったことはないのだ。物理的距離から会いにくいというのもあるけれど、やはりSNSが始まりだということで実際会ったときに今までの彼女と全然違う感じの人が現れた時に絶望したくないし、逆に絶望されるかもしれないことも怖い。直接会ってしまったら、今の深くは知らないから気軽に相談できる関係もなくなってしまうかもしれない。

いつかはきちんと対面してみたいが、SNSで築いたこの関係性も私にはなんだか心地よい。だからまだこのまま大切にしたい。

SNSは怖いという印象は確かにあるし、そういう側面も残念ながらあるとも思う。でも今回のような出会いは、奇跡的な出会いだと思う。
リアルな私をリアルじゃないところで気軽に助けてくれる人がいるかもしれない場所が、SNSにはあるかもしれないと思った。