私は夏生まれだけど、夏が嫌いだった。なぜなら、肌の露出が増えるからだ。

周りの人と比べると、私の手足は酷く毛深かった。いや、手足だけじゃない。お腹も、背中も、顔も、とにかく全身の毛が濃いうえに量も多かった。小学校に上がる頃、私は自分の毛量の異常さに気付き始めた。
同級生には幾度となく白い目で見られた。見られるだけならまだ良い。「うわっ、ヤバ」「それヒゲ?」などとストレートに言葉を投げてくる子もいた。教室の壁に貼られた、書写の授業で書いた作品には落書きをされたこともあった。落書きの内容は、毛深い私を揶揄するものだった。

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ただ、私は昔から自己主張することがとても苦手で、「学校で嫌なことをたくさん言われるから、手足の毛を剃りたい」と素直に親に言うことができなかった。なんだかそれすらも恥ずかしいことに思えた。

やや記憶が曖昧なものの、それでもおそらく小学校高学年の頃から、私はムダ毛処理をカミソリで行うようになった。
「これで少しはマシになる」とほっとしたのも束の間、剃っても剃ってもたくましい毛はすぐに伸びてくる。ボツボツとした無数の黒い毛穴。ざらざらとした嫌な肌の感触。すべてが憎たらしくて仕方なかった。
友達と近い距離で話をするときは、肌が触れ合わないように細心の注意を払った。それでも一度だけぶつかってしまったことがあり、「今なんかざらっとしたよ」とはっきり友達は言った。
その子は普段からあっけらかんと何でも素直に口にするタイプだったから、悪気がないことはわかっていた。それでも私は途端にいたたまれない気持ちになり、「ここから消えてしまいたい」と途方に暮れた。

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私が通っていた中学校では、「半袖Yシャツはダサい」といった不文律が流れていた。意味のわからないローカルルールはほかにもたくさんあったものの、このルールにだけは救われた。
真夏でも、学校にいるときは長袖Yシャツの袖を数回折り返すだけで済んだ。気温がどんなに高かろうが、気持ち悪い肌を隠すためならいくらでも我慢できた。

およそその頃だったと思う。私が全身脱毛の存在を知ったのは。
毛がキレイになくなる。肌がすべすべになる。気持ち悪い肌から生まれ変わることができる。私にとってはまるで夢のようだったけれど、全身脱毛をするにはお金がかなりかかることもまた同時に知った。
大人になったら、自分にも手の届く金額なのだろうか。子どもの私には、見当もつかなかった。自分がいきいきと仕事をしている姿もあまり想像できず、一瞬輝いた夢はあっという間に色彩を失っていった。

強いコンプレックスを抱いているせいか、いかなる場面においても私は自信というものがなかった。
また、男女が身体を重ねる行為の存在も程なくして知るようになり、これもまた私の心を大きく揺さぶった。
服から手足が覗くことすら嫌なのに、裸なんて絶対に見せられない。小学生の頃、何人もの男子から嘲笑された記憶が蘇る。女は、可愛くあるもの。美しくあるもの。そこからかけ離れた私の肌は、絶対に受け入れられないに決まっている。

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男性経験がないまま、私は成人を迎えた。
社会人2年目のときには家を出て、一人暮らしを始めた。念願の独り立ちは嬉しかったものの、「これでまた全身脱毛は遠のいちゃったな」と諦念も同時に漂った。
それでも私の網膜には、子ども時代に夢見た光の印象が焼きついて離れなかった。一人暮らしを始めてからは自炊を徹底し、無駄遣いもほとんどせず、節約志向を貫いた。その結果、引越し関連の支出で一度はがくっと減った貯金が、みるみるうちに増えていった。

私は決意した。
お金を使うなら、今しかない。
脱毛専門のクリニックに足を運び、契約書にサインした。私の人生史上、最も大きな買い物だった。
「この気持ち悪い肌から解放されたい」という子どもの頃からの夢を、私は数十万円で買ったのだ。
時間はかかったものの、薄く柔らかい質感へと変わっていく体毛に、私は心の底から安堵した。おびただしかったはずの毛穴も、いつの間にか目立たなくなっていった。分割払いが終了したあとは、「これからは0円で脱毛を受けられるんだ」と晴れ晴れしい気持ちまで込み上げてきた。私が契約したのは、回数無制限プランだった。

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男性とも怖がらずに付き合えるようになった。半袖への抵抗感も随分弱まった。とても高い買い物だったけれど、あのとき思い切って良かったと心の底から思っている。
そして現在の私はというと、「毛なんて生えてても生えてなくてもどっちでもいいよ」と本当にどうでも良さそうに言う夫と、のんびり平和に暮らしている。
体毛に長らくコンプレックスを抱いてきた私としてはちょっと拍子抜けしたものの、固定観念をひっくり返されたような気持ちになって胸がすっとした。
加えて夫は、「すっぴんでも、まつげがすごく長くてふさふさだよね」と気付いてくれた。この言葉には、思わず惚れ直してしまったものだ。

毛深い自分は大嫌いだったけど、それを逆手に取ったまつげだけは、唯一自分の好きなところだったから。