今年の6月末で前職を退職し、7月から新しい会社で、新しい肩書きで働くことになった。
特に前の職場でトラブルがあったというわけではない。大学卒業後、新卒として前の会社に採用され、そこで私はシステムエンジニアとして働かせてもらえることになった。
当時からIT業界というのは転職が当たり前という印象があり、せっかくこの業界に入ったのだから、20代後半で一旦キャリアアップ転職したいなぁと、就職活動をしていた時点でぼんやり考えてはいたのだ。

◎          ◎

前の職場がどんな環境だったかというと、決して大きな会社ではなかったが、雰囲気は悪くなかった。
エンジニアというと黙々と画面に向かって作業しているようなイメージを持たれそうだけれども、上司は仕事へのモチベーションが高く対外交渉スキルもとにかく優れていたし、後輩も何かあればすぐ質問してくれた。飲み会も別の部署の人達とも話す機会になるので好きだったし、世の中の同世代に会社の飲み会に行きたがらない人も多い中でこう思えていたのは、人柄がよく面白い人が多かったからだと思う。
入社当時は自分でも信じられないほどポンコツな仕事ぶりで、内心焦りもあったが、3年目にさしかかると手応えを感じ始め、達成感のある仕事をできるようになった。
そして、入社から7年と3ヶ月経った6月末、社長からの全力引き止めを受け惜しまれながら、私は退職した。

転職活動をした中で、何社か内定を貰っていた。システムエンジニアとして転職活動をしていたので、1社を除いて、どこもエンジニア職としての採用オファーだった。その1社が、今まさにお世話になっている会社である。
そのようになったのには、以下の経緯があった。

◎          ◎

一次面談の後日、エンジニアではなくマネージャとして選考を進めてもいいかという連絡が来た。
IT業界でいうマネージャというのは、プロジェクト全体を管理する重要なポジションで、エンジニアとは別の形で専門性が求められる職種である。
前の会社ではマネージャという職種で仕事をした経験はなかったものの、チーム内の進捗管理や客先との擦り合わせは任されたことがあったし、そういう業務内容にもそれなりにやりがいを感じており、わりと好きだった。面談時にこのような会話をしたことから、マネージャとしての選考を提案されたのだろうと想像がついた(前の職場はマネージャという肩書き自体が存在せず、チームリーダーのエンジニアがその役割を兼任しているような形だった)。

ただ前の職場では、エンジニア業務の合間にマネージャのような仕事を挟み込んでいただけだったため、マネジメントだけを行う仕事というのはなかなかイメージができず、それなりに不安も覚えた。
しかし、他社では既定路線でエンジニアとして内定を出された中、敢えてマネージャに路線変更されたことに、三度の面接を経てしっかり見た上で何かを見込んでもらえたのかという気がして、内定を承諾したのだった。

◎          ◎

一般論として、中途採用であればそれなりに即戦力が求められたはずだ。現に経団連も、「中途採用」という言葉の使用をやめ、「経験者採用」に表記変更を呼びかける方針を打ち出したそうだ。
しかし、私はこの職種に関しては未経験とさほど変わりない。加えて、職場で一緒に働く人たちは私よりもずっとスキルの高い人ばかりのように見えて、私自身も7年のエンジニア経験があったとはいえ、正直、エンジニアのレベルも私とは比べ物にならないと思った。

転職してからは、前職で立ち振舞っていた自分とは別人のような無能っぷりで、マネージャとしての実務経験がないにしたって、表現を選ばずに言うなら、現状は我ながら「期待外れ」と思われてもおかしくない有様だ。

そしてあるとき、私に経験がほとんどないこと、与えられた仕事にいっぱいいっぱいになっている様子を見て、社長は私にマネジメントに関する有料のオンライン講座をプレゼントしてくれた。また、保持している資格の登録料も出してくれた。
新卒でもあるまいし、業務時間外である程度なんとかするのが望ましいと自分でも思う。それでも、そこまでして会社はイチから私を育てようとしてくれているのだとわかると、有難い気持ちと不甲斐なさで涙が出そうになった。

◎          ◎

ある程度見込まれて入って、蓋を開けてみてここまで出来ないのは本当に恥ずかしいし、ただただ情けない。もともと入社したくて入った会社で、モチベーションはあったわけだが、これだけしてくれる会社に対してちゃんと報いることは、社会人として最低限私に課せられた使命だと感じている。
まだ入社から半年も経っていないが、会社の人も、企業理念も、仕事自体も、慣れないなりにやはり好きで、いい選択だったと思っている。好きな人たちと好きな仕事をできる、こんな恵まれた環境に居させてもらえるのだから、もっと頑張らなければと素直に思う。

会社とは行きたくない場所で、上司とは付き合いづらいもので、そんな固定観念のうえで、いかに賢く距離を置きワークライフバランスを取るか、という議論をメディアなんかでしばしば見聞きする。けれども、『資本論』で知られる経済学者のマルクスは、労働は自己実現だというような言葉を残しているらしい。私にとってワークとライフは対極にあるトレードオフの関係ではなく、仕事関係のあれこれだって、人生を彩る要素の一部なのだ。だからこそ、前職で遅咲きだった私も、新天地では一日も早く、立派に花を咲かせてみせようと思わずにはいられない。