私の人生はリベンジの積み重ねだ。
私はそう思っている。

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私は賞を取ることに執着している。
それは幼い時からの習慣からだった。
私は月にいくらという形でお小遣いをもらったことがない。私のお小遣いは出来高だった。テストで裏表100点をとったら100円。肩たたきや肩もみ、お手伝いをしたら10円。この辺りは他の人も経験したことがあるのではないだろうか。でも私はそれ以外にもう一つお小遣いをもらえる方法があった。

賞をもらうことだった。大会で賞をもらい、賞状やトロフィーを祖母に見せる。そうすると祖母が、頑張ったねと1000円もらえたのだ。
私は小学生の時から、お金を稼ぐにはそれ相応の成果を示さなければならないと、自然と感じるようになっていた。
そのため、稼ぎどきは夏休みや冬休みの作品展が重なる時期だった。習字や工作は自分の得意分野でもあったので、時間をかけて取り組んだ。
賞のランクによっても金額が異なることがあったので、なるべく上位を取れるように試行錯誤した。
しかし、得意とはいえ、いつでも賞を取れるわけではなく、落選が続き悔し涙を流すことも多かった。
そんなふうに歳を重ねていくと、いつの間にか大会や作品展に応募していないと何か物足りなさを感じてしまうようになっていった。

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そして私は気づけば社会人になった今でも、賞がほしいと思うようになっていた。
仕事をしながら通勤時間にネットで挑戦できるものがないか探す。自分でもできる分野がないか、何か挑戦できないかと、仕事の合間をぬって探した。仕事が忙しく、なかなか挑戦までたどり着かないことが多かったが、今年は新しい挑戦をした。

のど自慢への挑戦だった。

ダメ元ではあったが、書類選考を通過し、予選会で歌うことが可能となった。仕事で声が枯れてしまって本調子ではなかったが、舞台の上で歌える喜びはひとしおだった。しかし、180組から18組しか出られない本選に出ることは叶わなかった。

自分の落選した時の、のど自慢本選の映像を見た時、驚いた。
昨年一緒に仕事をした若い校長先生が出場していたのだ。
私を異動に追いやった校長先生だった。
私は4年間同じ学校で勤めていた。慕ってくれる先生も増え、子どもたちも歩み寄ってくれるようになり、良い環境が築けてきた頃だった。
そんな時に新しく若い校長先生がやってきた。以前の校長先生とは違い、立場が低い人、年齢が若いものには厳しく、立場が高い人、年齢が高い人には甘かった。そんな校長先生の態度が気になり、意見をしたら対立してしまい、立場が弱く20代の私は異動させられた。
「来年からは大変になるぞ、覚悟しておくんだな」と、吐き捨てるように言われ、大変な学校に飛ばされた。

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そんな校長先生は、私が落選したのど自慢本選に出場していた。
そして誇らしげに歌っていた。悔しかった。すごく悔しかった。ものすごく悔しかった。テレビを前に、私は1人拳と歯をくいしばる。
その校長先生は鐘2つだった。

今年は負けだ。予選落ちの私と本選出場の校長先生。大きな差だ。
でも、次は私が大きな舞台に立ってみせる。
大切な人に大切な歌を届けられるように精一杯練習して、いつか合格の鐘の音を響かせる。

挑戦することによって自分は今の自分より少し成長した自分になる。そして運よく認められたら喜びを感じられる。認められることにより心が豊かになり、自分も多くの人を認められるような気がする。心を豊かにすることが循環するのだ。
だから私はこれからもたくさん挑戦しリベンジを重ねていくのだ。
悔しさの先にある喜びと、心の豊かさを求め。