彼の名前をネットで検索しなくなったのは、いつからだろう。
出会いは、大学1年生の夏。アルバイト先のファミレスだった。
人懐っこいわけでもなく、どちらかというと無口で仏頂面の彼は、調理職場を希望したにもかかわらず、店長の判断により接客人材で採用された。
高校生の時からホールスタッフとして働いていた私は、指導係にまわる機会がしばしばあった。「お冷グラスは口元に触れないよう、下部分を持って」「料理や飲み物はトレーの手前に乗せて。お客様にかかったら大変だから」。同年代に教えるのは気が引けた。だけど、接客には小さな気配りが大切だと、身をもって学んでいた。指導に入ると、つい細々と注意してしまう。
彼は教えに反しないよう、何をするにもおそるおそる。手先が不器用なことは、すぐに分かった。指示しておきながら「もうちょっと大雑把でいいのに」と内心思ってしまうくらい。一方で、一つ一つ、丁寧にこなす真面目さに好印象を抱いた。
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「一緒に帰らない?同い年なんだし、仲良くしようよ」
通勤で同じ駅を利用していることを知り、仕事が終わる時間が被った日、声をかけた。仕事中の口うるさいイメージを払拭したかったのもあるし、職場では先輩に当たる。ちょっと格好をつけて、余裕のある振る舞いを見せたかった。
学生としては、同志だった。大学受験に失敗して、劣等感を克服しきれずにいること。だけど彼は教員、私はライター、やりたい仕事があって、実現するために動き続けていること。帰り道を何度かともにしているうちに似た境遇であると分かり、自然と距離が縮まった。
4か月後、彼から告白を受けた。恋人のデートスポットとして有名な、駅前に毎年飾られる巨大クリスマスツリーの前だった。
彼から好意を抱かれていると、薄々気付いていた。クリスマスを前に恋人がほしい。でも、タイプじゃない。正直、恋愛感情は抱けなかった。
「絶対に幸せにするから」。最後の一押しに負けた。
正解だった。大学卒業までの3年半、彼が生活を彩ってくれた。毎日連絡を取ってその日の出来事を共有し、休日は、ふたりが大好きなスイーツ巡りを楽しんだ。初詣、お花見、紅葉……季節のイベントが近くなると、名所へ足を延ばした。
何より、試験や就活が近い時期、カフェで一緒に勉強すると身が入った。隣には、いつも彼がいた。「お互い目標を達成して、いつか結婚する」。2人で描いた将来を疑わなかった。
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クリスマスは毎年、交際を始めた思い出のツリーを見て、食事するのが定番だった。就活を終えて、迎えた学生生活最後のクリスマスだけは、テーマパークに併設されたホテルを予約した。この時、私は県外に就職することが決まっていた。
「来年も、一緒にいられるといいな」
願いはかなわなかった。遠距離恋愛が始まると、見知らぬ土地で独りの不安から連絡を取りたい私と、新しい仕事に慣れるのに必死で連絡が取れない彼はすぐにすれ違った。
2か月ほどたったころ、深夜の電話であっけなく別れた。恋愛なんて、そんなもんだ。それから数年、仕事に専念した。
彼と結婚を約束していた27歳の時、生涯のパートナーとなる人に出会った。彼に似て、真面目。だけど、全然違う人。付き合って半年で結婚し、2年後には子供が生まれた。
彼はどうしているだろう。会うことはもうないだろうし、会いたいとは思わない。だけど、夢を実現できたのは彼がいたから、新天地でへこたれず、仕事を続けられたのはひとりだったからじゃないかと、今は思う。
出会いにも別れにも、きっと意味があるんだ。どうか、彼が幸せでありますように。