大学進学を機に実家を出た。それ以来、留学や就職・転職により1年に1回のペースで引っ越しをしながら、誰かと一緒に、時には一人で暮らしてきた。そして今は、将来を見据えたパートナーと一緒に住んでいる。
どちらも経験して、その時その時に感じたことを思い出した。

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大学に入寮した日のことは、今でもはっきりと覚えている。
飛行機か新幹線で行くような距離の、一度オープンキャンパスに行ったきりの知らない土地の大学。同じ高校から進学する人もいない、もちろん現地に友達などいない。
幸運なことに、隣の部屋にいたのは入学前にSNSで繋がることのできた知り合いだったが、彼女は県内の出身で既に友達がいた。

私にはルームメイトがいるらしく部屋の半分には荷物が置いてあったが、それでも春休みだからか、その日に彼女は帰ってこなかった。家族と離れ、友達と一緒でもない、たった一人の夜は、18歳の私にはかなり堪えた。
寂しくて、家族や友達に電話をした。妹と話し込み、母の声を聴いて涙が出た。高校のコミュニティの、楽しそうな集まりの席から聞こえる「がんばれ」の声を素直に受け取れなかった。私には遠距離恋愛の経験があったが、この時ばかりは家族と離れる方がはるかにつらいと心底思った。

数日後にはルームメイトとの共同生活も始まった。
彼女はルーマニアからの留学生で、日本語がうまかった。茶道部や着物部にも所属していて、この辺りには私よりもはるかに詳しかった。
そんな彼女と会話をし、朝起こしあい、一緒に食事をし、そして寝る前に恋愛の話で盛り上がるのはとても新鮮で刺激的だった。慣れてきてしまえば、帰宅時間や就寝時間についてとやかく言われることがないのは自由だなとすら思うようになった。

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2年生になり、今度は最初の年に一番仲良くなった友達とルームシェアをすることにした。
先輩たちから、仲良しの友達と住み始めたはいいが生活習慣の違いなどでうまくいかなくなり、仲たがいしてしまった事例が複数あると聞いたことがあり、正直不安ではあった。結果としては、その話をお互いに認識していたこともあってか、楽しいルームシェア生活を送ることができた。
片方が食事を作ったら、もう片方が片づけをする、ドライヤーを使うときは一声かける、友達を呼びたいときは(異性である場合は特に)たとえ相手が不在だとしても事前に伝えておく、といったことを、仲がいいからといって怠らなかった。

そのおかげで、私たちは「仲のいいルームメイト同士」としてちょっとした評判になった。専攻も違う、サークルも違う、だからこそだったかもしれない。
このときのルームメイトとは、4年生になった時にも期間限定で一緒に住んだことがある。就職活動中だったので同じ企業を受けて結果が割れるようなこともあったが、もちろん楽しい生活になった。彼女とのルームシェアの思い出なしには大学生活を振り返れないくらい、友達を超えて家族のような存在でいてくれたと思っている。

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社会人デビューはまた新たな土地で迎えることになり、会社の寮に入った。一人部屋だったが、同じ建物内に先輩や同期がいて、たまには誰かの部屋で一緒にご飯を食べるようなこともあった。
大学での生活と似てはいるが、そこはやはり会社。大学の寮友達ほど親密にはなりきれず、距離感の違いが難しいと感じたこともある。それでも、「一人暮らしだけどすぐ近くに誰かがいる」状況ばかりだった私は、次の引っ越しでまた違うつらさに直面することになる。

転職をして、会社の寮にはもう住めないばかりか、働く地域が変わった。また別の場所での暮らしが始まったが、それが初めての「完全一人暮らし」になった。
一人暮らし自体は慣れっこなので問題はないし、一人で過ごすこと自体も嫌いではない。それでも、平日の夕食を毎日一人で食べ、休日も基本的には一人というのは寂しいと感じた。今からでも会える人が近くにいるのが、いかに貴重なことだったのか痛感した。

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3年付き合っている年下の彼氏が就職を機に近くに来てから、半同棲もどきを始めた。もどきというのは、どちらの部屋も狭く、相手の部屋に荷物を置くことはほとんどできなかったので、平日はご飯だけ一緒に食べたら帰ることを前提にしていたからだ。
彼の配属が確定するまでは本格的に一緒に住むことができないということで、電車で30分くらいの距離のお互いの部屋を行き来する形をとった。それまで2年以上遠距離だったので近くにいられるようになったこと自体は嬉しくて仕方なかったが、一緒にいられない夜が多いこと、それぞれの生活を優先しないといけないことにもどかしい思いもした。

半年後、彼の異動は当分ないことが決まり、ついに一緒に住むことができるようになった。片付けが苦手という自分の良くない部分を指摘されるようにもなったけれど、帰る場所が同じであることがなにより幸せだと思うようになった。

一緒に住んでいるときはもちろん、一人で住んでいたとしても、その時々で私と暮らしを共にしてくれた人が確かにいた。
これから自分の家族を持つのかもしれないけれど、家族みたいな存在でいてくれる人も含め大切にしていきたいと思う。