相貌失認という言葉を聞いたことがある方は、どのくらいいらっしゃいますか?
脳障害による失認の一種で、顔や表情で個人を識別できない。つまり人の顔が分からない、というものです。人口の2%が相貌失認だと言われていて、生活に支障が無ければ気づかないといいます。
わたし自身、おそらく昔から相貌失認でした。家族の顔でさえ分からない。毎日鏡で見る自分の顔でさえ、分からない。ただ、相貌失認という言葉も障害も知らなかったので、きっとみんなもそうで、努力で補っているんだと思っていました。

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わたし流、人の覚え方は、声、服装、歩き方。顔や髪型、メガネの有無は覚えられないから、その分を他で補って、必死に他の人と同じように振る舞いました。
でもやっぱり成長すればするほどたくさんの人に出会うので、そのうち「わたし人の顔覚えるの苦手なんだよね〜」と笑って誤魔化すようになりました。きっと、失礼なこともたくさん言っただろうな。

高校では、部員の多い部活に入部しました。わたしが3年生になった頃には100人を超えた部員。同期だけで30人、後輩が約70人。
3年間、家族よりも長い時間を部員と過ごしたのに、何度もぶつかって何度も話し合いをしたのに、同期すら顔を覚えられずに卒業しました。今でも記憶に残っているのは、声だけ。

人と会うときは待ち合わせの15分前、早い時には30分前に現地に着くようにしています。
もちろん性格もあるんだけど、相手が先に着いていると、顔が分からないから探せない。だからわたしが先に着いて、◯◯の近くにいるよと伝えて、見つけてもらう。目の前にいるのに見つけられなかったら、失礼だもん。

家族でショッピングに来て、一時的に別行動をするときは、家族全員の服装をしっかり覚えてから解散します。また落ち合うとき、家族が見つけられない。流石に家族だから、歩き方や身長で見つけられることはあるけど、どうしても顔は分からない。

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ネットで調べると、他にもわたしのように、友達どころか家族や自分の顔さえ分からない人がいると知りました。
あぁ、よかった。わたしだけじゃない。今まで気にしないように、そして気にされないように必死に頑張ってきたけど、そういう人が他にもいる。
恋人のことをいくら愛していても顔が分からない。愛していないわけじゃないのに。好きなアーティストの顔が分からない。本当にその人が好きなのに。

知ったところで治るわけじゃない。今後も今まで通り、顔以外で必死に記憶しなきゃいけない。でもこれがただの失礼じゃないと知れたことは大きな前進でした。

今、新しく出会う友達や気の許せる友達には、待ち合わせるとき「実は多分相貌失認だから、今日の服装教えて」と言えるようになりました。もちろん、言えない相手もいるけど。それでも、それを知らなかった頃よりずっと生きやすい。

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これを読んでくれている、わたしの友達へ。
きっとわたしは今後も、みんなの顔を覚えられないでしょう。でも思い出に顔がないだけで、全部全部大事に覚えてるから。顔以外はちゃんと記憶に残ってるし、顔以外で必死に探すから。
次会うときはどうかさりげなく、その日の服装を教えてください。

人の顔が分からない、相貌失認。これからはこいつともうちょっと仲良く、そして楽に生きていける。

いいね!久しぶりにご飯行こう!じゃあ、19時に渋谷ね!ごめんけど服装教えて!