あるとき友人に言われた。
「いつもニコニコしてるよね」
私は「え〜、それ褒め言葉?」なんて返しながら、ほくそ笑む。
ニコニコすることを覚えた私は最強である、と自覚しているから。

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中学生の頃、私は強い女性に憧れていた。
当時の私の中の強い女性とは、見た目も中身もクールな女性のことをさす。口数は多くなく、スンとした表情でどのような時でも落ち着いていて、勉強もできて、運動もできて、誰かに媚びることもなく、でも誰からも好かれる。そんな女性。
髪は黒髪ロングで、前髪はセンター分け。すらっとした細身の体型。
ちゃんと具体的に理想とした女性像があった。

でも、理想通りにいかないのが現実。
なんでも1人でこなすような人になりたかったけれど、私は残念ながら不器用であった。細かい作業が苦手というだけでなく、勉強や運動も、普通よりちょっと下くらいな感じ。
背も低かったため、見た目もクールよりは、どちらかというと、本当にどちらかというと可愛らしいに近かった。

私の中のクールな女性は、少し無愛想で、たまに出る微笑みのような笑顔が素敵という印象だったけれど、そのような余裕を私は持ち合わせてはいなかった。

自分がなりたい自分と、自分に似合う自分は違うものだと、きっと早めに気づいた方だと私は思っている。
中学生の頃から、今も変わらずであるが、小柄だった私は、クールで大人っぽい女性より、可愛いらしい女性を目指した方がまだ望みがあるのではないか、と気づく。

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恐らく生まれつき不器用な私は、何か作業をする際に、人に頼ってしまう場面が多かった。
最初はそのことが恥ずかしく、自分に嫌気がさしていたが、それは治そうと思って簡単に治るものではなく、不器用なところを治すよりは、恥ずかしがる自分を治した方が良いのでは、と考えていた。

クールな女性は人を頼るイメージがなかったが、私はきっとクールな女性になることはできないと悟ったときから、じゃあそれならば!と考えたのがニコニコすることであった。
本当は無愛想なくらいが羨ましく、周りなんか気にしないわと颯爽と歩くことを夢に抱いていたが、いつもニコニコ表情豊かな方が、私の場合は可愛がられるのではないかと中学生ながらに気づいたのだ。

あれもこれもできない、ならば「ちょっと手伝ってもらえないかな?」と素直に頼む方が、もしかしたら可愛がられるだけでなく生きやすいのかもしれないと思い、早速実践してみることにした。

できないことをただ恥ずかしがるのではなく、できないからやってもらおう〜と気楽に構えていた方が、随分と心が軽くなったあのときを、私は今でもよく覚えている。

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なりたい目標像はあったけれど、無理して背伸びして肩肘張って、現実との相違に幻滅するくらいならば、自分らしい自分のまま生きやすく日々を過ごすことに決めた。
この考えというか感覚は、今の私の根幹になっていて、今の私はとても過ごしやすい性格であると自覚している。

自分はクールが似合わない、とはっきり感じたきっかけはあまり覚えていない。
素直でいることの方が楽で、何かと丸く収まり、平和に過ごせると気づくことができた自分は、運が良いと思う。
そして、この変化は私の成長の一つであると思っている。

「いつもニコニコしているね」
これは褒め言葉だと私は思っている。
ニコニコしなくても、愛嬌がなくても魅力的な人はたくさんいるけれど、私はそうなれなかったから、自分の武器として「ニコニコ」を大事にしていく。