今年の夏に姪っ子が誕生した。子供が大の苦手で、姪の親である姉ともかなり仲が悪いので、生まれる前はちゃんと赤ん坊のことを可愛がることができるか心配だった。実際に生まれると、彼女の可愛さには私が子供も姉も嫌いということを忘れさせる魔力があることを知った。成長したら彼女に大いに貢いでしまいそうで末恐ろしい。何を貢ごうかな。デパコスかな、海外旅行かな。そんな取り止めのない妄想に浮かれる日々である。
そんな姪の父親(義兄)がボソッとこう言ったそうだ。
「二重になるかなぁ」
聞き捨てならなかった。まず第一に、心臓が奇形でそれに併発する障害を持って生まれてきた私としては、彼女の容姿の心配より先に健康を祈っていてほしかった。そして、私は二重にならなかった"残念"な女だからだ。
だんだんと、一重は美しくないものという社会の風潮を理解した
母は日本人離れした容姿の持ち主でパッチリ二重、父は色白のっぺり一重という極端なほど容姿が違う親から生まれてきた私たち姉妹。姉は両親のちょうど中間で普通の日本人顔(奥二重)だが、私は"残念"なことに父と瓜二つで生まれてきてしまった。このことで自分の容姿にかなり苦しめられ、その結果かなり無駄な時間を過ごすことになった。
小学生になると可愛い子たちはみんな二重であることを知る。小学生向けのファッション雑誌を読んでも一重のモデルなんて出てこない。テレビに出てる女性たちもみんな示し合わせたかのような二重瞼の持ち主で、一重なのはあまりいい扱いを受けていない女芸人たちぐらいだった。クラスの男子からはオカメ納豆に似ていると言われた。彼らが可愛い子と可愛くない子で明らかに接する態度を変えることにも気づいた。直接ブスと言われたこともある。姉にもブスと言われ続けた。親戚の叔母ですら容姿をからかってきた。
だんだんと、一重は美しくないものという社会の風潮を理解した。自分の中で一重コンプレックスが積りに積もった結果、幅の広い二重幅を持つ男性アイドルにハマった。一重瞼は女だけじゃなくて男も美しくない、二重の男性は表情豊かで魅力的と感じ始めたのだ。
アイプチなどを試したが、不器用で上手くできなかったのですぐに諦めた
中学生になった頃、ハイティーン向けファッション雑誌を読むとメイクの仕方が書かれていた。「アイシャドウを二重幅に・・・」と、当たり前かのように二重である前提で書いてあることに驚愕した。ちょうど化粧に興味を持ち始めた頃だったので、書いてある通りにメイクした。全く映えなくて落ち込んだ。母にメイクの仕方を聞いたが、羨ましいほど幅の広い二重の持ち主である母は化粧に興味がないからよく分からないと言い放った。ショックだった。そもそも可愛いと周囲からチヤホヤされて育った母は容姿にコンプレックスなどあるはずがなく、化粧に興味などないと曲解したのだった。この時期にアイプチなどを試したが、不器用で上手くできなかったのですぐに諦めた。
高校生になると、遅れてきた厨二病というべきか、突然欧米の音楽やドラマ、映画にハマり出し、日本のエンタメに全く触れなくなった。人生で最後に邦ドラマを見たのも高校二年生の時だ。それも5話ぐらいで見るのをやめた。NetflixやApple Musicが日本に上陸する直前だったので、足繁くTUTAYAに通っては洋画やUKロックのCDを借りた。最初に借りたのは The Stone Rosesのファーストアルバムであったことを覚えている。
この頃から昼ごはん時間の友達との他愛もない会話(G組の〇〇ちゃんが可愛いとか野球部の△△君がかっこいいとか俳優の××がイケメンとか)についていけなくなった。どうでも良すぎて苦痛にすら感じた。私はシドヴィシャスがナンシースパンゲンという彼女を殺したとか殺してないとかで結局オーバードーズして死んだけど、ジョーストラマーは私と同じく先天性心疾患で死んだから親近感が湧く、という話をしたりしていた。友達もまた私の話についていけていないようだった。完全にロック好きのイギリスかぶれになっていたのだ。ただ、その当時イケメンで憧れていた現代文の先生がいた。私と同じく洋ロックが大好きで、彼もまた、目がパッチリとしたイケメンで二重だった。私は彼に憧れ、猛勉強の末、彼の母校の大学に進学した。
コンプレックスであった一重瞼のことも、突如としてどうでも良くなった
海外かぶれになってよかったことはたくさんある。英語を学ぶのが苦ではなくなったので受験の時に英語を楽しく勉強できたし、北米や西欧以外の海外にも関心を持つようになった。大学時代アルバイトで貯めたお金は全て海外旅行に費やしていたので見窄らしい格好をしていたが、それでも私の憧れる海外には着飾ってる人があまりいなかったことを旅行をして知っていたので、特に気にすることもなかった。そして、コンプレックスであった一重瞼のことも、突如としてどうでも良くなった。均質的な日本社会と違い、多種多様な人間がいる社会が存在することを知ったので、瞼の線の有無がちっぽけに感じた。欧米に住むアジア系女性たちや欧米で活躍するアジア人モデルたちが一重でも美しく、メイクを楽しんでいることを知ったのも大きかった。自分に似ている美しい人を知れば、一重の子どもたちも自信を持つことができるかもしれないが、この手の美女が活躍する機会が日本には少なすぎる。
一重がどうでも良くなったからと言って自分が美しいと感じたわけではない。長年コンプレックスに悩まされてきたので、欧米の「あなたは美しい」という強迫的なノリは今でも苦手だ。ただ、加齢と共に自分の見た目に愛着が湧き、可愛くなることより自分が精神的に居心地のいい状態であることの方が大切であることを学んだことにより、世間一般の価値観と自分の価値観が大きく乖離していても構わないと思えるようになった。
いつか姪がくだらない時代に生まれて災難だったね、と同情してくれるような時代が来ることを祈って。全ての一重の女の子たちの未来が明るくありますように。