1人の王子様に対してお姫様が10人居たお遊戯会。芋を掘って、アサリを拾って、顔面だけやたら大きい人体の絵を描いて、意味もなくひたすら泥団子を磨く。そんな生ぬるい日々に揺蕩っていた。

とある雪の日、父親と公園で遊んでいると、1人自由に遊んでいる女の子に目を奪われた。
そのとき話しかけたかどうかは忘れてしまったけど、家に帰って、あの子にまた会いたいと、そう願った。
彼女が私にとって複雑な存在になることを、その頃の私はまだ知らない。

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幼稚園を卒業し、小学校に入学した。
男の子の知り合いしかいなかった私は一人だった。一人でも別によかった。その頃の私には自信があったから。
入学して少しして、同じ教室に、雪の日に出会ったあの女の子がいることに気付いた。話すにつれて、向かいのマンションに住んでいることも判明し、一緒に帰るようになった。彼女は入学してはじめての友達だった。大好きだった。

しかし、彼女とずっとクラスが同じだったことが私を苦しめた。
6年間、彼女の側で彼女を見続けることになった。
幼稚園と違って、小学校は成績がつけられるので、私の心に、競争という概念が住み着いた。
泥団子を磨くためにかけた時間くらいしか彼女に勝っている部分がない気がした。無論、それすら勝てていないかもしれない。

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彼女は友達が多かった。男女問わずみんなから愛された。
彼女の横に居ても、みんな、彼女にだけ話しかけた。自分を透明人間のように思った。誕生日やバレンタインが来るたびに、チョコやプレゼントの数を比べ悲しくなった。イベントを純粋に楽しめなくなった。

彼女は運動が出来た。同じスポーツのクラブチームに入った。私がついていくのに必死だったトレーニングを颯爽とこなした。彼女と組んでも、自分が足を引っ張っていると思われるのが怖くてチームを休みがちになった。

彼女は飾らなかった。下ネタが好きで、取り扱う言葉はうんちからセックスまで。面白くて、彼女のユーモアで笑うたびに、人を笑わせられないつまらない自分を突きつけられてる気分になった。

彼女は優しかった。彼女を避けてしまう私に何も言わなかった。彼女との交換日記で発狂して突然黒く塗りつぶしてしまう私を馬鹿にしたり、他人とのお喋りのネタにしなかった。いっそ彼女がそこそこのクズならどれだけ楽だっただろうか。

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私はそんな彼女が怖かった。
厳密に言うと、私と彼女の周りの人間が怖かった。私が何の価値もない人間であることに、気付いてしまうのではないか。それを言葉にして伝えてくるのではないか、と怯えていた。
彼女の眩い光で、自分の存在がかき消されている気がした。
私は私のことを居ても居なくてもいい存在だと思った。私は私が一体何なのか分からなくなっていった。
私は彼女から逃げた。
厳密に言うと、彼女と比べる私から逃げるために、彼女と違う中学に進学した。

逃げた先が楽園だなんて、そんな上手くいくことはなかった。
いきなりクラスメートの男子の集団にいじめられた。
「お前は全てにおいて劣って価値がない」という、私が私自身にかけ続けた呪いの言葉は使われなかった。
「キショい、邪魔」といくら言われても、まだマシと思うくらいには心が麻痺していた。

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中学生になって、一度だけ彼女に会った。
小学生の途中からあからさまに避けてしまったので、正直、彼女に合わせる顔がなかった。
しかし、私は避けてしまった事実に向き合えない弱虫だから、謝ることができなかった。
だから当たり障りない話で場を繋いだ。
軽口の中で、彼女は私のことを褒めてくれた。可愛いだとか、面白いだとか。
彼女は、価値がないはずの私に価値を見出してくれていた。それだけで救われた気持ちになった。

友達なのに信じていなくて、ごめんなさい。
嫌なふうに思って、ごめんなさい。
避けて、ごめんなさい。
傷つけて、ごめんなさい。
謝れなくて、ごめんなさい。

優しくしてくれて、ありがとう。
本当は……本当の友達になりたかった。

はじめて出会った雪の日から積もり続けた雪が溶けるような、温かな春が来るかもしれない。