2022年。8年ぶりに人と一緒に暮らし始めた。
高校卒業からずっと一人暮らしだった私。久しぶりの同居は恋人でも家族でもない。友人とのルームシェアだ。

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東京という土地にずっと憧れがあった。しかし、大学進学、就職と上京のチャンスを逃し、周囲が東京に進む中、私は大阪や名古屋にいた。
地元よりは言わずもがな大都市。高校生までの自分が体験できなかったことはたくさんできたものの、「東京に行きたい」その思いはずっと潰えることはなかった。

きっかけはふとしたことであった。アラサーになってからの趣味はライブやイベントなどのリアルイベントも多く、そのほとんどが東京であった。
それと重なった仕事への不満。転職の二文字が脳裏をよぎった時、「じゃあ一緒に東京で住まない?」と友人に声をかけられたのだった。

そこから約半年。冗談半分だった言葉が実現し、私と友人は東京に降り立った。長いこと一人で暮らしていた私にとって、初めての他人との共同生活は驚きの毎日だった。

たとえば掃除の仕方。私は音が響く掃除機が苦手で、ほとんどの掃除をフローリングワイパーで行う。代わりに掃除の頻度はそれなりに高く、白い床に髪の毛が見えればワイパーを手に取る。
一方の友人は髪の毛が落ちていてもそこまで気にならないようで、一定期間で掃除機を回したいタイプらしい。私が家にいる時間に掃除機の音は聞こえてこないため、いつ掃除をしているのかはよくわからない。
だが、私が細かすぎるということでもない。たとえば風呂場の排水溝掃除は友人の方が積極的だ。気づいたら掃除されていて「あれ、もうそんなに溜まってた?」と思うことも少なくない。

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自分と我が家のルールしか触れていない20数年は、私も友人も同じである。ある程度お互いを許容しなければと思う反面、許せないものもあって当然。その中でも私が譲れなかったのは鍵についてだ。

同居を始めた当初、彼女には在宅時に鍵を閉める習慣がなかった。田舎の祖父宅ならまだしも、都会の1階に住んでいた時も家にいたら「誰か来たらわかる」と鍵を閉めなかったらしい。
オートロックといえど、他の家の人と時間が重なれば簡単に入ることができる。ましてや人の多い東京だ。起きている時間はまだしも、寝ている時は確実に閉めてほしい。はじめは口で言っていたが、そもそも必要ないと思っている彼女に反論されることさえあった。

閉める習慣がなかった、と記した通り、状況から数ヶ月経った今では鍵を閉めてくれるようになった。帰って来るたびに「鍵を閉めてね!」と声をかけ、閉めた後には感謝の言葉をかける。正直当然のことで感謝する必要なんてないのだが、私にとっては必要なことだと思わせるためには『ほめる』が最適だった。

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最初は「あ〜はいはい」といった形だったが、そのうち自分から「鍵閉めた!」と教えてくれるようになった。まるで子どものような扱いだが、彼女がこれで満足していたから良いだろう。
とはいえ、私が彼女の立場であったとして、習慣となっていたものをいきなり変えろと言われたらそれなりに困難なことであると思う。私の常識に寄り添ってくれたことに感謝したい。

まだまだ二人暮らしは始まったばかり。これからお互いの価値観の違いも常識の違いも出てくると思う。そんな違いを時には肯定し、否定しながら、私たちの快適な生活を過ごしていきたい。