私に刻まれた夏は、一通のメールから始まった。
「突然だけど、付き合ってください。」
メールはクラスのK君からで、その文面はとてもシンプルなものであった。
「仲の良い異性の友達」だった彼からのシンプルなメール
学生の頃、まだスマートフォン(当時はガラケーだったかもしれない)を持っていなかった私は、パソコンのメールで友達とやりとりをしていた。
そのため、メールのできる時間は、部活から帰った19時〜23時ごろと決まっていた。
塾のある日は22時過ぎになることもあった。
帰ってきてすぐにメールBOXをチェックしていた私はそのメールを見て、文字通り飛び上がった。
その年は、その時代にしては珍しく、最高気温が39度になると話題の夏で、とても暑かったと記憶している。
それまでK君とは冗談を言い合い、体育のマラソンや勉強では順位を競い合い、時には軽く叩き合ったりと、いかにも仲の良い異性の友達というような関係だった。
しかし、一緒にいて居心地がよかったので付き合うことにした。
「宜しくお願いします。」
と送信した。
K君とは塾も同じだったため、会う機会は少なくなかった。
部活帰りに、通学路の少し先をいった場所で待ち合わせをして一緒に帰ったり、帰宅した後にお互いの中間にある公園で待ち合わせをしたり、家族旅行の際にお土産を選んだり、休みの日はバスで映画館へ出かけたりもした。
今まで普通にしていたことすべてが、突然、特別なものになったように思えた。
彼が好きだった。でも、私たちの別れに理由はなかった
ある日、数学のS先生が授業を中断したことがあった。真面目に授業を受けずにおしゃべりをしている生徒が多かったためだ。
S先生は怒って職員室へ行ってしまった。
そして、そのまま戻ってこなかった。
その時、授業がなくなるからラッキーと思った生徒は多かったと思う。
そんな中、声をあげたのはK君だった。
「謝りに行こう。部活の顧問だから、俺が行ってくるよ。誰かついてきてくれる?」
そうして颯爽と教室を出て行ったK君の後ろ姿は、とても大きく堂々としていた。
そんなK君の正義感と勇気のあるところが好きだった。
私に足りない部分を沢山持っている。
しばらくして、S先生は機嫌を直して戻ってきて、授業を再開した。
そんなK君と別れたことに特別な理由はないといえば嘘になるが、特定の理由はなかったように思う。
なんとなく、それぞれ別の学校を選び、別々に大人になっていくものだと思っていた。
若かった私たちは、始まったことには終わりがあるとそう信じていたのだ。
SNSで見つけた彼と再会。離れていた月日の大きさを知った
消化不良な別れ方をしたからか、5年の月日が経過しても、私は時々、K君と出会った夏のことを思い出していた。
そんなある日、SNSの "友達かも?" というお節介な通知で、K君らしき人物を見つけた。
たまたまK君のことを考えていた私はメッセージを送った。
「突然だけど、覚えてる?よかったら連絡ください。」
怪しげだが、どこかで見たようなメッセージを送った私は、そこからまたK君とやりとりをすることとなった。
今度はメールではなく、LINEでだ。
陳腐だが、とても合理的で便利なツールである。
「おう。久しぶりやな。元気しとったか?」
「ああ、うん。元気だよ」
約5年ぶりに再会したK君は、アロハシャツを羽織り、不自然な関西弁を使っていた。
さらに、
「煙草ダメだっけ?」
「あー、できれば」
私は煙草が苦手である。
そして、成長期から大人にかけての5年間の大きさを知った。
そこにはもう、真面目で正義感が強くてカッコいい、私の知っているK君はいなかった。
私は、K君との再会をきっかけに、閉まっておいたままの方が良い思い出もあることを知った。
その年もとても暑い夏となった。
こうして私の中に、二つの夏が刻まれた。