高校生の私には、とても尊敬している人がいた。同じ部活の二つ上の先輩。

私が入部してからすぐに引退してしまったので、一緒に活動した期間はほんの僅かだった。それでも、廊下ですれ違う度に「最近部活どう?」と笑顔で声をかけてくれるような、とても人間のできた人だった。最寄り駅が近いということもあり、一緒に帰ることも時たまあった。

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交流を重ねていくうちに、私は一つの疑問を抱くようになった。彼女は、専門学校の入試を控えた受験生であるにも拘らず、高校3年の秋頃になってもアルバイトをしていたのだ。
当時の私にはそれが不思議でならなかった。この人、受験生なのに何でこんな時期までバイトしてるんだろう?親は何も言わないのかな?
だからある日、一緒に電車に乗って下校している時に本人に聞いてしまったのだ。
「先輩、もうすぐ入試ですよね。受験生なのにこんな時期までバイトするって、親から何か言われたりしないんですか?」
すると彼女は、いつもと変わらない笑顔で朗らかに答えてくれた。
「うーん、私の場合、大学受験じゃないからねえ。周りも、専門に行く子は普通に今の時期でもバイトしてるよ〜」
へえー、そういうものなのかと、幼かった私は何も考えることなく、尊敬する先輩の言葉をそのまま信じた。それから、そのやり取りを思い出すことは一度もなく、勉強に部活に習い事にと、毎日を過ごしていた。
自分が彼女にどれほどひどいことを言ったのかは、それから数カ月後に思い知らされた。

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私の通っていた高校では、毎年数名の3年生の「受験体験談」がまとめられた冊子が作られて、後輩たちに配られる。もらった冊子をパラパラめくっていると、尊敬してやまないあの先輩の名前があったので、飛びつくようにしてそのページを読み始めた。「あんなに素敵な先輩なんだから、キラキラの受験体験談を書いているんだろうな」という思いだった。
しかし私を襲ったのは、頭を殴られたようなショック、そして心の底からじわじわと込み上げるような後悔の念だった。

明るくて優しくて社交的で、何の悩みも無さそうな先輩には一つのハンデがあった。生まれ育った家庭環境だ。
経済的に苦しい母子家庭で育ったため、高額な学費を支払えないと判断し、最初目指していた専門学校の受験をやむなく断念したと体験談には書かれていた。そして、学費がもっと安く済む別の専門学校を見つけ、そこに推薦入試で受かったという。体験談は、「しっかり勉強して、一人前を目指します」という旨の文章で締め括られていた。

話し声や笑い声が響く放課後の教室で、私は一人必死に涙を堪えていた。先輩が入試ギリギリまでバイトをしていたのは、そうせざるを得ない状況にあったからだ。それを全く知らなかったとは言え、「受験生なのにバイトって、親は何も言わないんですか」等と、本当にひどい質問を投げつけてしまった。
あの時彼女は笑って答えてくれたけれど、心の中ではどんな気持ちだっただろう。どれほど後悔しても時間は戻らない。
いつしか、手元の冊子の文字が滲んでいくのが分かった。

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やがて私も高校を卒業し、大学に入った。
時々、あの人はどうしているんだろうと気になった。先輩は、卒業してからも何回か部活に遊びに来てくれたけれど、私が高校を出てからは一度も会っていなかった。
ある日、電車の中で何気なくTwitterを見ていて、彼女のツイートが目に飛び込んできた。進学先の専門学校で必死に勉強し、国家資格を取ったことが綴られていた。
そのツイートを見た瞬間、あの日の先輩の笑顔が、言葉が一気にフラッシュバックした。入試ギリギリまでバイトをせざるを得なかった先輩。進学後も、経済的な面で苦労したはずだ。それでも諦めなかった。だから結果が出たのだ。
自分のことのように込み上げてくる喜びにじんわりと浸りながら、私は彼女に向けてつぶやく。

あの時はごめんなさい。
つぶやきながら、私は彼女のツイートに「いいね」をした。
あの日の罪滅ぼしの証のように、ピンクのハートマークがきらめいたのを見届けると、私はそっとスマホを閉じたのだった。