女子なのに頑張ってて偉いと思うよ。
この言葉を聞いたとき、私は誇らしくて、悔しかった。

私は医学生。医学部に入った理由として、難病の患者さんを救いたいとか、親が医者だからとかそういうのが多いかもしれない。でも、私の理由はちょっと複雑だった。

中学生のとき通っていた塾のクラスは、私以外全員男子。思春期真っ只中かつ、もともと自己主張が強くなかった私の性格が相まって、からかわれることが多かった。下ネタをふっかけられる軽いものから、髪を引っ張られたりお尻を軽く触られたりとかまでまあいろいろ。
塾に通うのがしんどくなった私は、女性の先生に相談した。そうしたら、冷静に考えればあり得ない答えが返ってきた。
「たくさん勉強して、もっと成績を上げれば、きっといじめられなくなるよ。頑張りなさい、舐められたくないなら」

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当時14歳の私。まっすぐで疑うこともない。そのまま言葉を受け止めた。とりあえず勉強しよう。そう心に決めた。
成績を上げると本当に男子からなめられることもなくなり、私に敬語を使う人まで出てきた。その他にいろいろ理由もあるにはあったけど、先生の言葉が最後のひと押しとなって医学部を目指し、とにかく勉強を頑張った。
次第に、女性らしさがなくとも、男性と対等に張りあえれば、いやそれより上に立てればそれでいいやと思うようになった。大学でもひたすら勉強に励んでいた。

2018年夏、医学部女性差別問題が話題になった。
テレビに出ていた偉そうな専門家が、あってはならないことです、と断言する。同級生の女子からもバッシングの嵐。しかし私は心の中で、「女子だし、しょうがないか」と諦めていた。
大学生になって始めた接客のアルバイト中、男性から時々セクハラをされることがあった。しかし、「まあこんなもんだよね」と私は冷静だった。

高学年になり臨床現場に出る機会が増えると、私は「女子なのに頑張ってて偉いね」「女子はそんなに頑張らなくていいと思うんだよね」と多々言われることがあった。
どういう意図で言ったのか分からないが、少し嬉しい気分だった。同時に、得体の知れない空虚さにも襲われていた。
ローテーションする診療科によって着替え場所が男子と同じになることがあった。私以外の女子は、「あり得ない」と言ってトイレで着替えていた。一応周りに合わせたが、正直遠いし、私は男子と同じで全然良かった。
その頃、将来のことも所謂「上昇志向」を持って考えるようになった。

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そんな私にある転機が訪れた。卒業後臨床研修をうける病院を決める就職活動中のことだった。
とある病院を見学した際に、私は衝撃的な光景を目の当たりにした。その病院では男女関係なくがつがつと臨床に励み、文字通りほとんど寝ていない。研修医は女性の方が多く、肌がボロボロになりながらもみんな楽しそうで、私が将来何したいかという類の話も男女関係なく真剣に聞いてくれる。なんというか、純粋に私の意見を大切にし、励ましてくださる環境であった。
そして、脇目もふらず体裁も気にしない私に、「ぜひここで一緒に臨床をしたいから来てほしい」と多くの先生が言ってくれた。
そのとき私の中で何かが弾けた。あー、わたしはこのままでいいんだって。

実際、私は自分が変わっていると思っていた。
彼氏や結婚の話で盛り上がる女友達の話題についていけない。進路相談した男の先生からちょっと引かれる。「周りと違う」ことで不安になることもあった。
でも、そんな私でも受け入れてくれる人がいる。女だろうと、さらなるキャリアを目指すことは一つの選択肢ではないか。

少し自信が持てるようになった私は外に目を向け、たくさんの人の話を聞いたり自分でも経験したりするうちに、自分が本当にやりたかったことが見つかるようになった。毎日が生き生きしていて、昔よりも自分の意見を周りに抵抗なく伝えることができる。
女子は舐められないように頑張るしかない。そんな歪んだ考え以外に、行動の源泉が見つかったのである。

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現在私は結婚出産をする気はなく、仕事一本で生きていきたいと思っている。それもそれで一つの生き方だから。家庭と両立しながら仕事をバリバリ頑張っている女性は本当に素敵で私には眩しい。
でも、私は一点集中型だからたぶん向いていない。ストレスで歯ぎしりを繰り返し、エラもだいぶ目立つようになってきた。世間が求める女性の美しさから離れてしまっても気にしない。そうだ、私は私のままで生きていこう。

あの時頑張る気持ちをくれた塾の男子にありがとうと言いたい。素直な気持ち半分、見栄半分。髪をひっぱられたのも今日みたいに凍えるように寒い日だったな。ふと入ったファミレスで横を見ると、カップルが手を握り温め合っていた。微笑ましい。

「たくさん勉強して、もっと成績を上げれば、きっといじめられなくなるよ。頑張りなさい、舐められたくないなら」
私は視線をそらす。少しだけ、左目から涙が出た。