私の「ふるさと」は東京だ。

誰もがうらやむような「ふるさと」なのかもしれないけれど、実は「東京生まれ、東京育ち、東京住まい」の肩書きに息苦しさを感じていた。
シティガールだからといって地方を見下しているわけではないし、お嬢様扱いされて育ってきたわけでもない。
東京住まいを自慢しているわけではないのに、「お金のかかる女」だと思われることが嫌だった。

むしろ、星空が綺麗に見える場所が好きだから、将来は、もっと自然豊かな、電線とビルで空が邪魔されない街に住みたいと思っている。
だから、私の恋人が住んでいる、東京より少し離れた土地の方が、「ふるさと」のように感じられる。

都内のデートスポットに出かけるには電車で1時間以上はかかるし、夜21時を過ぎると、もう街全体が暗くなる。
そんな彼は大学進学のタイミングで上京してきた人だから、実家がある本当の「ふるさと」はまた別の土地だ。

◎          ◎

「ふるさと」から私が思い浮かべたことと言えば、名字。
私の名字は珍しく、ネット情報によると、福岡県や福島県に多いらしいけれど、私が思いつく限り福岡県や福島県に親戚は住んでいない。
「私、本当はどこの出身なんだろう」と笑って言ったとき、恋人は、例の質問をした。
「かおりんは、結婚したら、相手の名字にする?それとも自分の名字のまま?」
「ついに来たよこの質問が!」と私は心の中で叫んでいた。

思わず身構えてしまったのは、私が、日本の婚姻制度、特に夫婦同姓の原則に違和感を覚えているからだ。
以前、掲載してもらった別のエッセイ(「海外に住んで知る、日本と世界の常識の差。家族や夫婦にもっと自由を」)でも私の思いをつづった。

◎          ◎

私が結婚するときには必ず夫婦別姓にしたいというわけではないけれど、日本人カップルにも「同じ名字にしない自由」はあるべきだと思う。
夫婦同姓の原則は、戸籍を持つ日本人同士の夫婦にしか適用されず、戸籍を持たない外国人と結婚した場合は、夫婦別姓が基本。

言い方はあまり良くないけれど、今の日本で、婚姻届を提出した上でどうしても夫婦別姓にしたいのなら、外国人のパートナーを探すしかない。
仮に選択的夫婦別姓が実現したとしても、両親と子どもの名字が同じことが当たり前な日本において、夫婦別姓を選ぶことにはとても勇気が必要だと思う。
だから、結婚した後の名字について話すことは、私にとっては少し勇気が必要で、踏み込んだテーマだった。

私の名字を絶対に残したいというわけではないし、相手の名字に変えたくないというわけでもない。
ただ、なぜ夫婦同姓であるべきなのか、そしてなぜ大半の場合、女性が名字を変えないといけないのか、世の中の「当たり前」に対して持っている私の心の「もやもや」を相手に打ち明けることで、「面倒くさい女」だと思われてしまわないだろうか、と不安だった。

◎          ◎

私は大学院に進学したかったけれど、進学せずに今仕事をしている身であり、恋人は大学院の修士課程を卒業して、仕事をしている。
彼からの質問に、私は「相手の名字でいいかなと思ってた。私は大学院に行ってないから、今の名前で何も残していないし」と答えた。

「今の名前で何も残していないし」と言う私に対して、「でも、かおりんの名前をネットで検索すると、ちゃんと出てくるよ」と。
私の留学体験談が大学のHPに掲載されていたりするから、私のフルネームを漢字で検索すると、2~3件だけれど確かにヒットする。

そして、彼は「私は名字を変えたい」と言った。
今までの人生で、「かおりんの名字にしてもいいよ」と言ってくれた男性には出会ったことがあったけれど、「女性側の名字に変える」ことはあくまでも選択肢の一つであって、「名字を変えたい」と言う男性には初めて出会った。
「なんで?」と聞くと、「自分の名字はありきたりでよくある名字だから変えたい。世の中、女性が男性に合わせるケースが大半だからこそ、名字くらいは私がかおりんに合わせたい」と。

ましてや「名字が変わるなんて新鮮じゃん。しかも、かおりんの名字珍しいから残していかなきゃ」とにっこり笑顔で言う。
驚いた私が「いいの?長男だから、実家に言ったら反対されたりしない?名字を残しなさいって」と聞いても、彼はまた笑って「よくある名字だから誰も気にしないよ。かおりんの名字になったら名前がかっこよくなる」と。

◎          ◎

世の中に永遠はないし、私は彼ともいつか別れてしまうのかもしれない。
ただ、このままずっと一緒にいるとしたら、いつか夫婦になる日が来るのかもしれない。
もしかしたら、いつか彼の故郷を訪れて、彼の実家に挨拶に行く日が来るのだろう。
本当に、彼が名字を変えるとするなら、何と言われるのだろうか。
世の中のスタンダードから外れていると言われてしまうのか。
私たちを待ち受けている反応が、今から少し怖いけれど、それでも、「名字を変えたい」と言ってくれる男性に出会えて、私は幸せ者だと思う。