“食費1周目”

小封筒に仕分けていく。無一文で家を出てから約2年。笑ってしまうほどの多忙な仕事に対する、笑ってしまうほどの給料。そこから借金、クレジットカードの支払い、それを差し引いた、これまた笑ってしまうほどの残金。

私は友達も少なく、学生でもなく、それより前に遊ぶお金もない。必死にやりくりして、そこから生まれた小さな幸せ。それが私にとっての食費だった。
残業後のスーパーは、貧乏人の私に優しい。昼間、得意げに買い物をする主婦達が残してくれた、半額の私へのご褒美。お刺身、コロッケ、焼き鳥に唐揚げ。選んで、買って、ちっぽけな冷蔵庫にしまい込む。
美味しいものを食べること。それが私にとって、どれだけ幸せなことか。

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私は小さい頃から、母子家庭にしては何不自由なく、美味しいものをお腹いっぱい食べて育った。当時はそれに何の疑問も持たずにいたが、1人暮らしに切り替わり、ひしひしとその苦労を感じている。そして今になって改めて、母の私への温かい愛情を感じている。

食費は、変動費である。だから多少の上限額があったとしても、私の選択次第で節約をすることも、贅沢な思いをすることもできるわけだ。
だから節約をせざるを得ない母は、わざわざ値引き品の横にある私の好物を選ぶ必要はない。精肉売場で、100グラム88円を選べば良いところを、108円を選ぶ必要もなかった。

今の私も、昔の母も、同じ様にお金がない。でも母は、いつもお金の心配より、私の笑顔を選んだ。
「美味しいものを、食べて欲しいのよ」
スーパーへ行くと、いつも母の顔が浮かぶ。でも、いくら深夜の優しいスーパーでも、美味しいものの全てが、カツカツな私の味方ではない。でも今日くらいいいよね、とカゴに入れる。充分なほどに迷った上、で。

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今月も仕分けたお金は空っぽで、これじゃ仕分けた意味ないじゃん、と呟くのが、毎月月末の私のルーティンであった、と笑い話に出来るのはここだけで、実際はとても厳しくて辛い。社会は低学歴に厳しくて、そう甘くない。高卒で働き始めてからまだ数年の私にとって。

時に過去の自分に八つ当たりをした。インスタでは友達が就活に励んでいる。悔しくて、苦しくて、イライラする。転職しよう、そう何度も考えた。

でも、どこに行ったって私である。過去は変わらない。今も変わらない。受け入れようと思った時には、私は成人していた。そして恋人が夫になり、小さい頃「学校から帰ってきて、1人は寂しいでしょう」と、母がくれた愛犬は12歳になった。
私は21歳。現在私は地元を離れ、何も知らない街で暮らしている。

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大好きな人と暮らす代わりに、生活は我慢が増えた。夫の経済面上、家計はもっと厳しくなった。そんな中で最近、夫と年末宝くじの話題になった。
7億円当たったら何に使おうかなと目を輝かせて話す夫の隣で、「7億なんていらないから、100万円欲しいな」とこっそり思った。
100万円じゃ、借金は返せない。でも今、空から100万円が降ってきたとしたら。何に充てるでもない、自由に使える100万円があったとしたら。

私は、半分の50万を、値札を見ずに昼のスーパーで美味しいものを毎日たくさん買いたい。大好きな人と、「美味しいね」と笑い合いたい。そして残りの50万はそれを私にすることで自分は我慢した母にさせてあげたい。

「100万円で、自分の欲しいものを買いなさいよ。100万円なんて、案外あっという間よ」
また母の顔が浮かぶ。その時思った。私の欲しいものも、大切な人の笑顔であった。