私には、一言「ごめん」と思ってほしい相手がいる。私に直接言わなくていい。むしろ言わないでくれと思う。彼女とはもう、何の関わりも持ちたくない。
これは私が高校1年生の冬の話である。

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母と祖母は葬儀に来てくれた親戚にお礼を言って回るので忙しそうだった。自分にできることをと、私は持ち帰り用に祭壇を飾った花や果物を分けていた。
棺桶にあんなにいっぱいに入れたのに、祭壇にはまだ綺麗な花がたくさん残っていた。そこに叔祖母が荷物を持ってやってきた。次の日も仕事があるから早めに帰ると言う。
「ちょっと待ってね。今包むから」
しかし、私が左手にまとめていた花を包もうとするのを制して言った。
「いいの。自分でやるから」
すると彼女は雑な手つきで、けれど的確に、花を選び取っていった。瞬く間に見事な花束が出来上がった。トルコキキョウ、カサブランカにカスミソウ。腕に抱えられた花を見て、さりげなく、これもどうぞと小菊を差し出した。
「なんで私が菊なんかもらわんといけんのんよ」
悪びれず、当たり前のように言って彼女は颯爽と帰った。カツカツと小気味良いヒールの音が、静かな葬儀場の廊下にしばらく反響していた。

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私の目の前には菊ばかりが残った。私が好きなトルコキキョウも、祖父より3年ほど早く亡くなった伯祖母が好きだったカサブランカも、一輪も残らなかった。わずかに残ったカスミソウの白が、悪目立ちをしていた。
いっそ全部持って行ってしまえばよかったのに。別にわざと残していったわけでもないのだろうが。ただ彼女は、何も考えずにこんなに私の胸をえぐることができてしまうような人なのだと感じた。私の胸の中に、このカスミソウのようなしこりができて、無視できなくなった。
別に、鮮やかな好きな花が無くなったからではない。菊が嫌いなわけでもない。ただ、私は一輪でいいから、叔祖母に菊を持って帰ってほしかった。祖父の死を一緒に悼んでほしかった。死んでも祖父の妹なら、それくらい孫の私が願っても罰は当たらないのではないか。彼女の言葉は、「私はあなた達と感傷にふけるつもりなんてない」という風に聞こえた。

祖父を失った悲しさとは違う意味で涙が出そうになった。でも泣きたくなかった。意地でも、祖父を悼むこの場所を、こんな憎しみに満ちた涙なんかで穢したくなかった。
この気持ちを誰かに伝えることもしたくなかった。大人達が忙しくて私にかまわないのをいいことに、私は一人、歯を食いしばって、上を向いて、私の中からこの黒くドロドロしたものが漏れてしまわないよう力を込めた。

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全てが終わり、私達家族は葬儀場を後にした。菊の花束は私が持った。わずかに残ったカスミソウは、他の親戚に菊と一緒に渡してしまった。今は、彼女が放った言葉の、棘の残骸のようなあの花を見たくなかった。

花屋の横を通り過ぎた。お店のガラスに見えたのは、カラフルな花でも、純白のあの花達でもなかった。真っ黒な喪服を着た母と祖母、そして菊を持った制服の私だった。