2023年元旦。私は人生で初めて初日の出を見に家を出た。
6時45分。高校生の頃は勉強のためにもっと早い時間に出ていたくらいなのに、なぜか特別感があって、ドキドキしていた。
まだ空は薄暗かった。街灯が小学生の頃通っていた通学路を照らして、私を近所で一番の高台へと導いた。

坂を上がり、東へ向かう。空高くは夜のようなのに、山際はオレンジ色に侵食されてきていた。紺とオレンジ。二つが混ざることなく、下手なグラデーションとなって戦っているようだった。

母校の小学校を通り過ぎる。左の階段を昇れば、住宅街。まっすぐ行けば山の中腹にある神社。元旦に向かうべきは後者だと分かる。たまに見かけるお年寄りもみんな神社へと向かっていた。
けれど、そこへは行けなかった。会えない人がきっとそこにいるから。そこにいるから私は今ここにいるのだけれど。

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私達が電話をするようになったばかりの頃、何の流れだったか、小学校の同級生のN君は、毎年神社を通り越して山の頂上で日の出を見るのだと言った。毎年自分の部屋のベランダから日の出を窺う私とは正反対だった。

一回くらい私も見に行きたいと言うと、彼は「じゃあ来年は一緒に行かない?初詣も」と言った。まだ彼が私にとって名前の付けられない大切な人になるほど話をする前、彼が私に想いを伝える前のことだった。

あれから2ヶ月ほどしか経っていないのに、私達は一体どれほど濃い話をしただろう。
私はN君に恋心を抱いてなんかいない。けれど彼は私にとってはなくてはならない大切な人になっていた。

恋ではない。憧れでもない。友達とも違う。同士、パートナー、どれもしっくりくるとは言い難い。まして周りが見て納得するような名前なんてつけられない自信しかない。それでも近くに感じていたい。
彼が私と同じ思いを抱えてくれていたのなら、好奇の目を無視して、罪悪感を振り払って、会っていたかもしれない。でも、そうではないと知ってしまったから。私はN君に会いたいと言えない。言いたくない。どちらかと言えば、会いたくない。

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彼氏がいる私には、異性の友達と電話で話すのでさえ褒められたことではないのに。N君と恋愛できないと言ったのに。一方を傷つけ、もう一方に期待させるようなことを、したくない。

もう昨年になってしまった2ヶ月間を思い返して、私は階段を選んだ。空はもう、二つの色が混ざり合って化学反応を起こしたように霞んだ水色に支配されていた。
私はさっきの空の方が好きだった。混ざり合わず、ただ共生している。それぞれがはっきりと目に焼きつくような色をして、全く違うのに一つの空に同時に存在していた。協調性なんてなかったのに、そのコントラストを私は好ましく思った。

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誰もいない場所で日の出を待った。手袋の中の手がだんだんと感覚を失っていくのが分かった。日の出予想時刻を過ぎてもまだ日は昇らなかった。まだかまだかと、見応えのしない退屈な空を視界に入れながら、私の焦点は電波塔に合わせられていた。

小学2年生の時、私達は遠足であの山に登った。頂上の目印であるあの電波塔を囲んでみんなでお弁当を食べた。あそこに、N君は今年もいるのだろうか。普段は県をいくつかまたいで、電話でしか繋がれない彼が、目の前の山にいるのだろうか。

予想より10分ほど遅れてやっと、今年初めての太陽が昇った。記念に撮った写真はただのぼんやりした光にしかならなくて、ちっとも幻想的ではなかった。せっかく寒い中ここまできてこんなに待ったのに、スマホではこれが限界か。

そのときSNSに通知が入った。最近カメラに凝っているN君からだった。一眼レフで撮った太陽の輪郭まではっきりとした鮮やかな写真だった。
写真の端には見覚えのある電波塔が映っていた。