ちょうど1年前の2022年1月、私は藁にもすがるような思いで「今年はもっといい人になりたい」と、2022年の目標をつづった日記を締めたような気がします。

なんだかボランティア精神あふれる聖人みたいなやつが登場しそうな気配がしますが、去年の今頃、わたしが「もっといい人になりたい」と思っていた理由は「もっといい人になれば他人から感謝されて良い一年になるんじゃないか」と考えていたからです。
ボランティア精神どころか、他人から見返りを搾取する気満々の欲深いやつでした。
とにかく去年のわたしは新しく始まる1年が絶対にいい年になってほしくてたまらなくて、そう祈っていないとつぶれてしまいそうだったんだと思います。
友人と会う機会も少なくなって仕事もうまくいかなかった2021年が、だれからも必要とされていないんじゃないかと感じることの多い苦しい年だったからかもしれません。

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さて答え合わせすると、2022年、わたしは「いい人」になんて全くなれませんでした。
初めて身に余るほどの裁量の大きい仕事にてんやわんやして上司にたくさん迷惑をかけてしまったし、溜め込むことの多い性格だったけど友人と怒鳴り合いの喧嘩をしたし(しっかりしろ20代!)、衝動的に引っ越しを決意して大金を失ったし(しかも欲に負け後先考えず結構家賃高い家に引っ越した)、おまけに失恋もして、箇条書きすると情けなくて笑ってしまうことばかりしでかした年でした。
正月に、あんなに切実な気持ちで「いい人になりたい」と記したやつの1年とは思えません。

というわけで、わたしは「いい人」になれなかったわけですが、それでもなぜか、2022年は「いい年」になりました。
完璧じゃないと求めてもらえない、優秀じゃないと必要としてもらえない。そう痛感して、悲しくて、苦しかった2022年の始まりだったはずなのに、わたしは1年を通してもっともっと失敗して、もっともっと自分が完璧でも優秀でもないことを知りました。それなのに、2022年は思い返すととっても楽しくて、有難い1年でした。

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仕事では失敗しまくったけれど、周りには思っていた以上に「結果」より「過程」を評価してくれた人が多かったし、思っていた以上に私の事を気にかけてくれていた友人も多かったし、お金は無くなったけど毎日家に帰るのが楽しみになったし、失恋したけどそれがきっかけで新しい出会いがありました。

人生は不思議なことに、苦しいことを避けてばかりいると均衡を保って嬉しいことも起きないですが、思い切り嫌なことが起きるとその反動か、思い切り嬉しいことも起きるシーソーみたいなものでした。
怪我を怖がっておそるおそる乗るより、ぎっこんばったんどしどしアップダウンを楽しむのも、それはそれで面白いことを知ることができました。

それに、失敗を繰り返すと他人に嫉妬することも減っていくみたいです。
ずっとやってみたかったことに思い切って挑戦して、いっそ気持ちよくしりもちをついてしまえば、かえって潔くよく諦めがついて、出来るひとを羨むんじゃなくて素直に尊敬できるようになりました。
失敗って、何も恥ずかしい事じゃありませんでした。
他人の優しさや凄さに気付けるし、なにより面白いし、何だか楽しいものだったんです。

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ながながと話しましたが、2023年の目標、ここで宣言させて頂きます。
2023年の目標は、「いい人」になることでも「優秀な人」になることでもありません。
シーソーの楽しさに気付いてしまったばかりなので、まだもう少しやんちゃな遊び方をしたいなという気持ちです。

ただ「行動力のある人」。
自分が起因の出来事を全部、酸いも甘いも楽しめちゃうようになりたいです。

2023年も、「いい年」にできますように。
あけましておめでとうございます。