七年前のあの冬を、私は一度も忘れたことはなかった。
高校一年の夏ごろ、私はテニス部のマネージャーに転部した。理由はいろいろとあったけれど、簡単に言うと好きな人を追いかけて入部したという不純な動機だった。
だけど、私は本気だったのだ。とにかくこの部になじみたい。欲されたい。仕事を任されたい。そんな気持ちで、毎日毎日部活に足を運んだ。

秋が過ぎ、冬が来て、私は好きな人どころではなくなった。彼は全然部活に来ないし、なんせ会話をする機会もない。むしろ避けられているし、話しかける勇気なんてない。
寒さは人を冷たくする。極寒の季節を感じ、背中に毎日三枚のカイロを貼っていても、疲労とこの気候は心を荒ませた。
一年生皆でおそろいのウィンドブレーカーは、なぜだか私だけしか着ていない。私の学年は団結力がないのだ。一年生は最初は十一人もいたのに、今はたったの五人しかいない。
クラスでひとめぼれした彼が目的で勇気をもって転部したのに、肝心の彼は塾が忙しくて幽霊部員になってきているし……。

◎          ◎

なんでいつもこうなんだろう。頑張ったって、努力したって、だれも「ありがとう」なんて言ってくれない。先輩のマネージャーさん二人はなんだか部員にも愛されているし、仲がいい。でもな、そんなの当然だよな。これまでずっと一緒にやってきたんだもん。私だって、いつかこんな風になれるのかな。
「マネージャー?そんなのいらない。もう足りてるじゃん」
そんな言葉を入部したときに言われているのを部室の陰から聞いたこと。そのとたん、私の何かが崩れ落ちる気がしたことだって今でも鮮明に覚えている。

だけど、どうしても意地がある。浅はかな気持ちで転部してきたわけじゃないんだ。家に引きこもって何も行動できない怠惰な高校生活を変えたくて、私は今ここにいるのではないか。何がしたくて、どこに向かっているかなんてわからなくていい。とにかく今、自分にできることを、自分の人生の意味を見つけたい。

◎          ◎

そんな気持ちを抱えて、今日も先輩マネさんの横でニコニコ笑う。会話にも入れず、今日も寒空の下で必死に立つ。それが積み重なって「信頼」になることは、当時の私にはまだわからなかった。
「早く春が来ないかな」
そんなことを毎日思った。春が来たら、先輩は引退する。私はマネージャーとして一人きりになるけれど、どうにかやっていくしかないのだ。寂しいけれど、不安だけれど、この日々にもいつかは終わりが来るのだ。
私はいつもいつもコート脇に立っていた。仕事なんて、水がなくなれば校舎裏のウォーターサーバーに汲みに行き、かごの中の球が無くなれば、部員と一緒に球拾いを手伝う。土日は地方まで練習試合に同行し、任される雑務をこなしながら必死に寒さに耐える。この寒さを、誰も温めてなんてくれない。まさに自分との戦いだった。
「大丈夫大丈夫、いつかはここを抜ける日が来る」
そう思いながら、今日もお湯の出ない氷水のような水道でジャグを洗う。

◎          ◎

地獄のような一二月が過ぎ、一月が過ぎ、春が見えかけた二月になったころ、先輩マネさん二人が遊びに行こうと声をかけてくれた。
「バレンタインフェアに、部活終わりに行かない?」
初めて仲間に入れてもらえたような気がして、私は満面の笑みで「はい」と答えた。
それから少しずつ彼女たちと仲良くなって、自分の話をすると案外心をすぐに開いてくれた。
私は何でこんなにも躊躇していたんだろう。自分次第で、寒い冬も温かい気持ちで過ごすことができるだなんて、知らなかった。

もう冬が終わっちゃうよ。春が来ちゃうよ。先輩は引退してしまうよ。
そう気づいたとたん、この冬が永遠に終わらなければいいとさえ思えた。