「お願い!マネージャーがいないから入部してほしい」
高校1年生の時、人助けのつもりで入部したサッカー部。毎年、地区予選で敗退するような弱小校だったが、日々部活に明け暮れているうちに、選手との絆も深まり、サッカーにも詳しくなって部員をサポートできていることにやりがいを感じていた。

そんな私には、2年生の冬に付き合い始めた彼氏がいた。相手は同い年で、サッカー部のキャプテン。付き合っていることは2人だけの秘密だった。
彼は、いつ何時でもサッカーのことを考えているような生粋のサッカー馬鹿だった。

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私たちは、3年生になり、春大会を目前に控えていた。3年生の半数がこの大会をもって部活動を引退する。秋には大学受験を控えていた私や、キャプテンを務めていた彼氏も引退組だった。
「みんな揃って出来る最後の試合、たくさん勝ち進んで皆と長くサッカーがしたい」と、皆がそう思っていた。だけど、いちばん気合が入っていたのは彼だった。彼はキャプテンとして、皆を必ず都大会に連れて行く、と幾度となく言っていた。私も、この春は、彼がみんなを都大会に連れて行ってくれると信じて疑わなかった。

地区予選の初戦を翌日に迎えた、午前6:30の校庭。キャプテンの彼が、誰よりも早く用意を整えて校庭に出る。いつも通りの朝、少しだけ気合の入ったいつも通りの練習が始まった。
午前7:45。監督のホイッスルが鳴る。集合がかかったその瞬間。キャプテンが苦しそうにしゃがみ込んだ。
「どうした」
監督が近寄って、保健室に連れて行くように何人かの部員に指示をした。彼は苦しそうにうずくまりながら、運ばれていった。

授業中は、色々な考えが頭をひたすら駆け巡っていた。
「彼は大丈夫なんだろうか」
「でも、明日の試合までには体調、戻るよね」
昼休み、サッカー部が部室に集められた。苦しそうにしていたキャプテンのことが脳裏によぎって、みんな下を向いていた。監督が口を開いた。
「キャプテンは、気胸でしばらく入院することになった。さっき顧問の先生と病院に向かった」

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その時のことは今でも忘れられない。わずか数分の集合だったけど、永遠に時が止まったように感じられた。静寂を裂くように部長が監督に問いかけた。
「じゃあ明日からの試合は……」
うつむいていた数人が、顔を上げて監督のほうを向いた。監督は「キャプテンが戻ってくるまで、お前らだけで勝ち進んでいかないとな」と言った。

「解散。マネージャーだけ残って」と、監督が言った。みんなうつむきながら、教室へ帰っていく。私は黙って泣いていた。
「キャプテンのことを今まで陰で支えてきたのは、お前だろう」
涙を止められない私に向かって、監督が真っ直ぐに言った。一瞬、マネージャーとして言われているのか、キャプテンの彼女として言われているのか分からなかったが、頭の中はひたすらに「なぜ?」ということしか考えられない。
「キャプテンが戻ってくるまで、お前がしっかりしていないとダメだろう。一番つらいのはキャプテンなんだ。だから、泣くな、泣いたらダメだ」
その言葉を聞いた時、余計に涙が止まらなくなった。
監督は私とキャプテンが付き合っていることを知っていたようだった。だけど、監督はそれ以上何も言わなかった。明日が来るのを、誰よりも楽しみにしていた彼の笑顔が頭をよぎった。

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翌日。試合開始の直前のベンチで、部長が言った。
「あいつがいつ戻ってきてもいいように、勝ち進むぞ」
1回戦目、2回戦目と順調に勝利。「次の3回戦を終えて、決勝戦に上がるころには、キャプテンが退院できそうだ」と顧問に言われた。
次の試合に勝てば、キャプテンがベンチに戻ってくる。ここまで自分たちでやって来れた、勝つしかない。全員がそう強く思っていた。
「キャプテンの気持ちを背負って戦うぞ」
部長が、力強く部員たちを鼓舞する。3回戦の相手は、毎年、都大会に出場している強豪チームだった。

「ピーッ」
試合終了のホイッスルが鳴る。相手チームのベンチがわぁっと盛り上がる。反対に、うちのチームのベンチは静まりかえっていた。私はピッチの上の選手たちをぼーっと眺めていた。
膝をついて泣く選手、呆然と立ち尽くす選手、座り込んでうつむく選手。部長が「挨拶!」と言って、座り込んだ選手を抱えるようにして列に並ばせた。部長の目にも涙が滲んでいた。
挨拶を終えた選手がベンチに戻ってくる。「キャプテンには今電話で結果を伝えてきた。泣いていた」と、顧問が言った。皆が泣いていた。選手も、顧問も、監督も。だけど、私は涙が出そうになるのをこらえていた。私がしっかりしなくっちゃって。だって、いちばん辛いのはキャプテンだから。
ベンチに掲げられたキャプテンの背番号が、やさしい風に揺れている。
私たちの最後の春が、終わった。

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時は流れて、高校の卒業の日を迎えた。監督が3年生ひとりひとりに手紙をくれた。私宛への手紙には、達筆な字でこう書いてあった。
「あの時、泣いた。皆、泣いた。私も、泣いた。キャプテン不在の中、大健闘の末に敗れたあの試合に、キャプテンがいたら?それは、あなたにだけすることが許される問いなのかもしれません。3年間ありがとう」
私は、その文章を読んで、泣いた。大泣きした。
「あの日、ピッチにキャプテンがいたら……。もっと長くみんなでサッカーできたのだろうか」
誰も口には出さなかったけれど、あの場で涙に暮れていた全員が、共通で思っていたことだったと思う。
監督は私たちが大学に進学してすぐに、過労で亡くなった。皆でお葬式へ向かう道の途中、私たちの頬を撫でる風が、1年前の春を思い出させて、また涙が止まらなかった。