どうやら、世の中で転勤族との結婚は好まれないらしい。 
「大変だね」「寂しい思いをしないか、心配」「私なら結婚はないかな」。2年ほど前、“転妻”になった私に、友達や同僚は哀れむ数々の言葉を口にした。

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学生時代から、住み慣れた土地に居続けたいという感情が皆無だった。毎日、同じ景色を見ている生活は物足りなかったし、何より、私にはリセット癖があった。いじめや失恋、受験失敗……。苦い思い出が詰まった、生まれ育った街を早く出たくて仕方なかった。就活を迎えると、地元から離れた地方への就職を希望した。
社会人になって初めて居を移した時、生まれ変わった感覚があったのをいまだに覚えている。新しい土地で、新しい私を生きられる。解放された気分だった。

田舎でも都会でもない街で、ひょんなことからつながった人たちと過ごす日々。生活に溶け込むまで時間はかからなかった。不思議と、土地の風景に飽きることも、逃げたいと思うこともなかった。いつかは転職して離れるつもりでいたから、どこかで割り切っていたのが居心地を良くしたのかもしれない。

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それから6年後、旦那となる彼が、転勤で街に越してきた。
私は今いる場所で生活基盤ができていた一方、よそ者であることに変わりなかった。彼とは職場で顔を合わせる機会がある程度だったが、気にかかった。
「よかったら、街を案内しますよ」。休日、地元の人だけが知っているような、隠れた名所や飲食店を紹介した。自然と、交際に発展した。
彼は15歳上で、既に40歳を過ぎていた。お互いに結婚を見据えていたのか、しばしば転勤の話題になった。
「ここも1年いられるか分からない。次はどこに行くだろうか」
就職してから十数年、全国を転々としてきた彼は、どこか人と距離を置いて付き合っているように感じられた。「私たちの関係は、どう考えているの?」。はっきりと聞けなかったが、心のどこかで問い続けていた。
いつからか、定住できない彼にせめて、帰る家をつくってあげたいと思うようになった。「いろんな土地に住む人生も楽しそうだよね」

覚悟していた。だけど、付き合って半年後、辞令を受けたと報告があった時は、すぐについていくと言えなかった。
今まで手放すことを惜しいと思わなかった、人との縁が切れてしまうことへの恐怖。生活環境が変わってしまうことへの不安。今まで感じたことのなかった感情が急に襲ってきた。
それでも、「一緒に住みたい」という、ふたりの思いが一致した。考えた末、旦那の転勤先に引っ越し、勤務先まで新幹線で約2時間かけて通勤することにした。

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地元でもない、偶然住むことになった土地に、そこまでしがみつくわけは何なのか。2年たった今でも、分からない。相変わらず、転職を考えないでもない。
だけど、良くも悪くも思い出が残っていて、いざという時に頼れる人がいて、足しげく通っている店があって……。年のせいか、それとも、潜在していた、寂しがりの私が素直になったからか、変わらずにある“居場所”を求めている。里帰り出産をした時には、あれほどいたくなかった地元が、いちばん心を落ち着く場所だと悟った。いつか、居を構えたい。

転勤がある以上、実現するのはまだまだ先の話になりそうだし、この先、人生のリセットを繰り返さなければいけないと思うと気が重い。
今は、思い出のある“ふるさと”をたくさんつくろう。未来の私はきっと、どこででも生きていける強さを手に入れているはずだから。